学校帰り、蒼衣が向かった先は『ミント』という名の喫茶店だった。
蒼衣の住まいは通学している高校から路線バスを使って三十分ほどだが、ミントは学校から徒歩で十五分ほどに先にある駅へ向かい、隣接する商店街の大通りから少し入り組んだ路へ入った場所だった。
検索でわかるからと店名しか教えてもらえなかったこともあり、蒼衣はスマホ片手にミントへたどり着いた。
隠れ家的な雰囲気で、うっかり見逃してしまいそうな地味な外観。
けれど店内は混んでいて賑やかだ。
女性客が目立つ。
(噂は本当なのね)
なんでもこの店の〈プリン・ア・ラ・モード〉がとても美味しいと評判で。見た目も可愛く女性に好評。最近はグルメ番組でも紹介されたらしい。それがきっかけで、店はとても混んでいるという噂だった。
「おひとりですか?」
女性店員が訊いてきた。
「いえ、待ち合わせで。サキヤマといいますが」
名前を告げればいいからと言われていた通りに蒼衣が話すと、店員は「待ち合わせの方でしたら、あちらに」と奥の一角に視線を向けた。
蒼衣は店員に頭を下げ、奥へ向かった。
そこには四名席のテーブルがあり、壁側を向いて座っている二人が見える。
「あの、遅れてすみません」
指定のあった時刻から十分ほど遅刻だ。
「───ああ、蒼衣ちゃん。元気そうだね」
「お久しぶりです、茶臼山さん」
軽く会釈し、蒼衣はテーブルの下に備えられたカゴの中に鞄と着ていた灰色のコートを入れてから椅子に座った。
すぐに店員が水を運び注文を聞きに来る。
プリン・ア・ラ・モードと言いたいところだったが。
「カフェオレのホットで」
店員が「お待ちください」と言い、営業スマイルでその場を離れてから、蒼衣はようやく落ち着いて目の前に座る二人に目を向けた。
茶臼山さんは変わってない。
隣りの男性は知らないひと。
茶臼山さんは刑事だから。たぶんこのひとも刑事かな。
二人とも私服なのは蒼衣を気遣ってのことだろう。
学校帰りの娘と待ち合わせた父親と息子という設定と思う。知らないひとは〈兄〉と言ってもいいくらいの年齢だろう。
(でもなんかこのひと、さっきから視線が……)
驚いたように向けてくる眼差し。知らないひとにじっと見つめられるのは苦痛だ。
(あ、でもこのひと。色が───)
「おい、挨拶」
茶臼山が横に座る男に言った。
男はハッとしたように茶臼山を見つめる。
「こいつは最近、俺の補佐に入った奴でね」
「───き、岸本 海緑といいます。………よろしく」
緊張した様子で名乗り、岸本は蒼衣から視線を外した。
「ぁ………」
あおみどり。と思わず口にしそうになり蒼衣は慌てた。
岸本の声と、その名から蒼衣の中に色が伝わった。
脳裏に浮かんで視えた二色の彩。青緑と縹色。どちらも岸本の中に在るイロ。
少し驚きながら、一呼吸置いて自分も名乗る。
「はじめまして。黄彤 蒼衣です。よろしくお願いします」
岸本はほんのりと顔を赤らめて頷くだけだった。
「彼は、後から来るのかな?」
茶臼山の言葉に蒼衣は「うーむ」という感じで軽く首を傾げる。
「昨日までは来る気でいたんですけど。今日は天気が悪いから」
「えっ。今日は冬晴れですげーいい天気じゃないですか」
岸本が驚いて言った。
「あぁ、えっと。良いお天気のときって璃空くん、ものすごい不調で。璃空くんにとって今日みたいな晴れは〈悪い天気〉なんです。それに下校時刻も私とは少し違うし、学校も璃空くんの方が遠いので」
「あの。すみません、りくくん、というのは? 」
岸本が尋ねた。
「璃空くんは……」
なんと言ったらいいのか。言ってもいいものなのか。
茶臼山を見ると彼は岸本にチラリと目を向け、それから蒼衣を見つめて言った。
「こいつには今日「顔合わせ」とだけしか言ってなくてね。君たちのことはまだなにも教えてないんだ。それに今日はなるべく黙っていろと俺に言われてるから」
ここで茶臼山はもう一度、視線を蒼衣から岸本へ向けた。
「捜査人は彼女ともう一人いる。今日会えるかはわからないがな」
「来なかったらすみません。体調悪かったら無理しないようにって、LINE送ってあるので。話は私から伝えておきます」
「そうか」
茶臼山は納得したようだった。
「こっちこそ、わざわざ学校帰りに呼びつけてわるかったね」
「いいえ。───それで茶臼山さん、今回はどういった事件ですか?」
♢♢♢