「怪異、ですか?」

 平日日中、客の少ないファミレスで。

 テーブルを挟んで向かいに座る男が訊いた。

「ああ」

 警視庁の刑事でもある茶臼山(さきやま)吾郎は短く答えた。

「えーと。それはつまり………」

 目の前の同業者、岸本 海緑(みろく)は視線を軽く上に向けながら呟く。

「マジですか?」

 視線を再び吾郎に向け、岸本は信じられないという表情で言った。

「嘘ついてどうする。俺と組むことが決まったときに上から説明受けたろ?」

「ええ、まぁ。ざっくりとは。いやでもまさかとか思ってたし、なんか心の準備が間に合ってないみたいな。……あの、ほんとに本当なんですか?」

 疑るように聞いてくる岸本に、吾郎は面倒くせぇなと思いながらも答えた。

「ああ。巷を騒がせている原因不明の連続火災、あれは怪異だという判断が出た」

「うっわーうっわー。怪異なんて、なんか漫画みたいっすね!」


 大きな黒目を輝かせる岸本の周りには、それこそ漫画のページに記されるような『ドキドキ!』『わくわく!』という文字が飛び交っているように思える。


 過去に何人か相棒はいたが、こういう反応をした奴は初めてだ。

 二十代後半だと聞いている岸本とは二回り以上の歳の差がある。

 私服であれば親子(父と息子)だと言っても疑われないだろう年齢差だ。


「でもそれって最終的に俺とサキヤマさんが闘うってことっすか?」

「は?」

「だって怪異ってことは、悪霊とか呪術とか。そーゆーのに関係してるんですよね?」

 ───ったく。今どきの若いもんは。

 茶臼山は呆れながら小さく息を吐きつつも、岸本について気になっていたことを思い出し尋ねた。

「ひとつ聞くが。おまえ、なんか力持ってんのか?霊感とかそういうもの」

「いいえ、俺はなんもないっす──あ、でもまだ未覚醒かも。それで茶臼山さんとコンビを組むことで覚醒していくとか。ぅわ!なんかすげぇ展開」

「そんな展開はない」

 ───と思う。可能性は低い。

 吾郎は心の中だけで呟いた。

「ですよねぇ。……ああ、でも俺のばあちゃんが。母方の祖母なんですが、霊感あったみたいです。俺が小さいときに亡くなってますけど俺の名前、ばあちゃんがつけてくれたんですよ」


 名前。ミロク……海にみどり、か。


「いい名前じゃないか」

 過去に何人かいた相棒も名前に〈色〉が付いていた。

 そして三か月ほど前から新しく吾郎の補佐(相棒)役として決まったのがこの岸本 海緑だ。

 吾郎と特殊事件に関るため選ばれた男。

 名前に〈色〉がある。それだけで選ばれた可能性が高い。もしも海緑に秘めた能力があり、それが覚醒すればと……。連中は一石二鳥とでも思っているのだろう。

 けれど名前に〈色〉があるからといって、能力者だとは限らない。これまで覚醒した補佐役は一人もいなかった。

 血筋の問題だろう。なので岸本の祖母に霊感があったというのが気になるが。


「じゃあ……」

 因みにばあさんの名前は?と尋ねかけたがやめた。

 五色家のことはまだ教える段階ではない。

「なんです?」

「なんか食うか?奢ってやる」

 そろそろ正午だ。

 二人が頼んだのは珈琲だけだった。

「え、マジっすか。やった!」

 岸本はにっこり笑ってメニューを開いた。

 もともと童顔な奴が笑うと余計に幼く見える。学生服を着せても充分に年齢をごまかせそうだ。

「ここ、パスタが美味いって評判なんですよね。えーっと、じゃあ俺は『冬の特別フルーツパフェ』で」

「パスタじゃねぇのかよ。昼飯にパフェなのか?」

「ここのパフェ山盛りで有名なんで。一度食べてみたかったんですよ、おごりで」

「ふーん」

 パフェとは意外だったが、岸本が何を食べるのかべつに興味があったわけでもない。

 吾郎はBランチ『サーモンときのこのクリームパスタ・ミニサラダ付き』を注文した。


「あの、それで俺たちは今後どういった捜査に入るんですか?」

「捜査というより雑用仕事だな。捜査は別の者が行う」

「え、別って?」

「怪異事件の専門者、とでも言うのか。俺はそことの『つなぎ役』だ。取り次ぎ、報告、捜査人からの要求に協力する。宿の手配や送迎をしたこともある」

「なんすかそれ」

「俺たちは捜査人の怪異解決に支障が出ないようサポートする役目だ。邪魔にならない程度に」

「捜査人って、まさか警視庁に秘密の部署があって、そこの人かなんかですか?」

「違うな。彼等は刑事じゃない。異能のある一般人だ」

「ぃ、異能……。なんかカッケー!」

「かっけ?」

「かっこいいっスね!悪霊退散っ、みたいな?」

「岸本……。おまえな、そういう単純で能天気な思考回路、気をつけろよ。近々、顔合わせすることになるが捜査人の素性に関しては俺とおまえの秘密だ。口外するな。それから今後、捜査に関しての情報が少しでも洩れればおまえ………消されるぞ」

 吾郎は声を潜めた。眼差しも真剣だ。

 それを受け、岸本もいくらか緊張した面持ちで背筋を伸ばし頷いた。

「わかりました。でも噂は本当なんですね」

「うわさ?」

「茶臼山さんの補佐についたら最後、左遷どころの話じゃないって噂です」

 そんな噂があるとは。

 消される、と言っても。殺されるわけではない。記憶が消される程度の話だが。岸本に真実を言うつもりはなかった。

 それからすぐに注文したメニューが運ばれ、ランチの時間となった。


 ♢♢♢

「うわ。寒ッ」

 食事を済ませ店を出ると風が強くなっていて、岸本が首をすくめた。

 今晩から一段と冷え込むだろうという天気予報を思い出す。

「そろそろ都心にも雪が降りそうな気配ですね」

「そうだな。雪はやっかいだ。降る前に怪異が解決できるといいがな」

「寒いことと交通の便が悪くなることが心配なくらいですけど。怪異解決に雪が不都合なことでも?」


 何気に言ったつもりが、聞き返されるとは思わなかった。

 鋭い部分も一応はあるのか、こいつにも。


「雪と冬の季節が苦手な異能者もいるってことだよ」


 ───白は無垢だけど染まりやすい。恐ろしい色でもある。

 昔聴いた懐かしい声を思い出し、吾郎は曇天の空を仰いだ。