「日愛、おいで」
日向は呼びかけた。柔らかく微笑み、どこまでも優しく――母が子を呼ぶように。
「――――」
――ィィンと風が鳴き、日愛の力が一段と強まる。日向の声に反応するように、母を求めるように。
「日向……っ!」
日愛の変化に振り返り声を絞り出す灯澄に日向は微笑みだけで応じ、そして、再び日愛へと穏やかに呼びかけた。
「日愛」
「――ァアアアッッ!!」
日愛は吼え、日向へと翼を羽ばたかせ向かう。
「っ!!」
灯澄、燈燕、陽織は一斉に動き出し、日愛の前へと立ち塞がった。
向かわせるわけには行かない。日向を護らねば……もし、日愛の力をその身で受ければどうなるかわからない。最悪のことが起こらないとは限らない。
燈燕が焔を現し、灯澄が刀で続く。そして、二人の後ろには陽織も控えていた。今一度体勢を整え、日愛を制する。
その刹那だった。
ゴォォォオオオオオッッッ――――!!
今までとは比べ物にならない風が三人を襲った。耐えることすらできず風の壁に吹き飛ばされる。
「――っ!!」
転がる身体に、灯澄は刀を地に刺し動きを止めた。離された――そのことに、瞬時に顔を上げる。
燈燕と陽織は木にぶつかり地に叩かれ倒れていた。自分と同じく距離を離され、そして、すぐに動けないだろう。
日愛は――日向は――
「――――」
日愛と日向は距離を置き、正面に向かい合っていた。視線を合わせ、互いに見つめる。
不思議と――懐かしいと日向は思った。ああ、でもそうか、とすぐに思い直す。自分が赤子の頃、日愛とは会っているのだ。
(……日愛)
内で名を呟く。どこまでも澄み、黒耀のような綺麗な瞳。陽に光り、星流れ揺れる黒髪。純白の衣はたゆたい、白銀の翼は煌めき羽ばたく。天女のような愛らしい姿――
あれだけ灯澄たちと対しても日愛に戦う空気は纏われていなかった。それは微塵にも。日愛はただ泣いていたのだ。赤子のように。