激しくはない、緩やかな重い向かい風。晴れているというのに、まるで水に濡れたように身体が鈍くなっていく。はらはらと葉が舞うその中で、日向は一点を見つめていた。
 場の中心にある一際大きい神木。その根元に眠る童女――いや、今はもう寝てはいない。
 ぐずったように丸まったままもじもじと動き、やがて子猫が顔を洗うように眼を擦り……そして、ゆっくりと地に手を突いて身体を起き上がらせた。

「――――」

 天逆毎姫(あまのさこのひめ)が血の少女。天狗の子――

「日愛」

 日向はもう一度名を呼んだ。優しく、愛しく――まるで、本当に我が子へと呼びかけるように。

「――――はは、さま」

 起き上がった日愛は日向を見つめ、そして、僅かに唇を動かし囁いた鈴のような響きに――

「――――」

 日向の心は止まってしまった。日愛の幼き声は、小さき願いを伝え、そして、自分を――日向を求めて――

 ――刹那、

 ズザァッッ!

 横から飛びつかれ、日向は灯澄と共に地に倒れた。倒れた衝撃に止まった心が動き出し、日向は自らと周りの状況を一瞬で把握する。向かってくる日愛に対し動けなかった日向を灯澄が飛びついて避けてくれたのだ。
 翼を翻しこちらを見つめてくる日愛と視線が合い、日向は先ほどの言葉がもう一度内に浮かぶ。

 ――ははさま――

「なにを呆けているっ!」
「灯澄さん……でも、あの子は……」

 袖を掴み、日向は灯澄を見上げ呟いた。日愛の瞳、その底に宿るものに触れ日向の中にある想いが生まれていた。

(……っ)

 日向の表情に灯澄はぐっと奥歯を噛み締める。舞って救ってみせよ、と伝えたあの月光の桜の晩。戦うわけではない、そう決めていた……けれど、もし今、日愛を避けていなければ日向はどうなっていたか。