神木の根に丸まって寝ている幼子。綺麗な黒髪に白き肌、長い眠りのためにあてがわれたのか大きめな白き衣と、そして、同じく純白の翼――遠くからでもわかる、万象から護られ愛されているかのような可愛らしい女の子。
「あの子が――」
「そうだ、あの童女が日愛。我らが子、天狗の幼子だ」
「そうなのですか」
なんて愛らしい女の子――自然と溢れる思いに、日向は内に湧く感情の全てと共に一言名を呼んだ。
「日愛」
刹那、
――――サァァァ――――
凪が変わった。今までとは違う強く激しい風が一陣。
穏やかな空気から、深々と包まれた沈黙の場へと固まる。
「――油断するな」
灯澄は視線を鋭くさせ、日向へと強く言った。結界が解かれてもいないというのにこの力――日愛が日向に反応しているのは間違いなかった。もし結界が無くなればどうなるか。
だからといって、退くことはない。もとより時が迫っていた結界。日向に接してしまった以上、日愛の力は抑えられないだろう。壊れるを待つより――可哀想だとは思っても――こちらから起こしたほうがいい。
「行くぞ」
結界の中心。神籬の神木へと視線を向け、灯澄はザッと一歩踏み出す。日向の覚悟を確認するまでもなかった。触れる空気でそれは分かる。
「はい」
日向の始まりの返事を背に受け、灯澄は静かに腕を上げた。そして、
――――ィィン――――
旋と振り下ろした。灯澄の一閃は何十の注連縄を斬り離し、神童の揺り籠――神籬の結界を解き放つ。
ゆっくりと落ちていく紙垂と注連縄――瞬間、
――――ブァ――――
旋風が流れる。空気が変わり、圧が支配した。日向自身、『力』というものを感じたことはなかったが、これが妖気というものかも知れない。