――鎮守の森は静寂に包まれていた。早朝の白き閃光が葉の間から線を引き、澄んだ空気が霧のように照らされている神奈備が山。
日向は歩みを進めつつ、スッ――と息を吸い込んだ。肌に触れていた少し冷たい空気が胸の内にも広がり、自身の全てを洗い流してくれるようにも感じて自然とニコリと微笑んでしまう。ここに来てからというもの、自然と接するたびに清々しい気持ちになっていたのだが、この森はまた特別な気がした。
こんなにも気持ちがいい朝の散策――怒られるかもしれないと思いつつ、日向は楽しくなる心を抑えきれなかった。
戦いを忘れたわけではない。救う誓いも。だけれど、日向は淡い微笑のまま穏やかに袖を流し歩を進めていった。まるで、愛しい人に会いに行く道中のように。
「――――」
そんな日向の空気に触れ、陽織は後ろから歩きつつ揺れる感情を抑えるように視線を落とした。日向の心に触れ和まされると同時に、似てるという思いが重なるにつれ悲しみをも蘇らせる。
そして、それは陽織だけでなく、灯澄と燈燕も同じだった。違う違うと自身に言い聞かせつつ、つと同じではないかと思ってしまうのだ。日向の母と同じように、全てを預けてもいいのではと――日向は全てを受け止められる器ではないかと。
(日向を助ける、それは変わらぬ)
灯澄は内で誓う。それは絶対のことだ。
だけれど――もしかしたら、助けられたいと願っているのは灯澄、燈燕、陽織の方かもしれなかった。日向の母を助けられなかった自身の悲しみと悔いを受け止めてほしいとどこかで願って――
灯澄と燈燕は後ろを振り返らず道を歩む。後ろをついて来る日向の顔を――何故だか今は見ることはできなかった。もし、今見てしまえば心が惑うかもしれない。
サァァァ――――
凪が葉を揺らし、やがて注連縄に囲われた場が見えてくる。紙垂《しで》流れ、何十にも囲われた現世と神域の隔て、玉垣の結界。その中心にあるもの――神の依り代となる神籬《ひもろぎ》の木。
そして、
「――――」
日向はその姿を眼にし、視線を外せなくなってしまった。