「――――」
静寂と無言――それがどれくらい続いたろうか。
「酒を勧めるわけにもいかぬか。白湯でもあればいいが、水しかない。少しは落ち着く」
日向に視線を向けることなく灯澄は酒を置き、独り言のように呟いた。日向と共に在るこの場、この時。心が落ち着き和まされるが、その心が灯澄にとっては苦しかった。だからこそ、らしくないことを口にした。気を使うようなことを。
「いえ、花だけで……この花弁、桜だけで十分です」
日向は手に遊び、身体を纏う桜に親しみを込め、優しく微笑んだ。
「そうか」
灯澄は視線だけで日向のその姿を認め、すぐに外し短く返す。
サァァァァ――――
花弁踊り、桜花舞い、桜散る。蒼き月、閃光の元、音なく、だけれど、詩顕して。
そこに在る白き衣の日向。変わらず自然に――まるで、桜の精の如く。地に舞い降りし天女の如く。
「桜は好きか」
「はい、好きです。桜も、月も、夜も星も風も……この地のすべてがほんとうに綺麗で」
自然と出た灯澄の問いに、日向は答える。
「舞い散る桜。まるで話しかけてくれてるよう……」
風に花弁戯れるようにふわりと動いた日向の掌。揺らめく袂――
(花そのもののように可憐な……)
――思い出す。再会した時のことを、日向と初めて対した時のことを。
あの時、あの場所で桜の花弁一片が風に舞い流れ、そして、日向は戦いを忘れたかのように柔らかく微笑んだ。
あの微笑――戦いの中で花咲き、対する者も和ませるような――
「舞ってはくれぬか」
灯澄は自然と言葉を発していた。
「日向」
顔を向け願う。そんな突然の灯澄の願いに日向は、
「舞いはしたことがありません」
少し驚いた後、正直に答えた。