――早朝、灯澄は平屋があるこの地から更に奥、山深き場所へと赴いていった。
 清々しき気に満ちた木々。それもそのはず、ここは鎮守の森と呼ばれる場所だった。いや、山そのものが神霊が宿る御霊代(みたましろ)を擁した領域、神奈備(かんなび)。ここで神聖足らしめない場所はない。
 やがて現世と神域を隔てる結界、紙垂(しで)をつけた縄が張り巡らせれた場が徐々に見えてくる。注連縄(しめなわ)に囲われた神域、その中心たる神体。神籬(ひもろぎ)の神木――そこに、日愛が眠っていた。

「――――」

 ――神木に辿り着く前から異変に気付いていた。
 近づくにつれて、肌に触れてくる力。一歩進めるたびに、大きく膨れ上がる妖の気配に灯澄は瞳を鋭くせざるを得なかった。
 神木へと歩みを進め、その木の元にある窪みへと視線を向ける。微笑んで見れないことを心で謝しながら。
 日愛は、安らかに眠っていた。愛らしさは変わらず、真白の衣に身を包んだ幼き童女は同じ純白の翼をたたみ、柔らかい胸を僅かに上下させ静かな吐息をたたえている。

 穏やかな幼子の寝姿――だが、そんな幼き子を護る揺り籠の結界は崩れかかっていた。揺り籠が壊れてまで寝ていられる子はいないだろう。泣いて起き、そして、母を呼ぶはずだった。
 我らが子と現しながらも、母の情が湧きながらも、日愛が「母」と呼び求めるのはおそらく自分たち――灯澄と燈燕ではなかった。母と求められ受け止められるのは今はただ一人しかいない。
 触れることはせず、いや、触れられず灯澄はその場を離れた。日愛に背を向け、元の道へと足を進める。