――日咲は早朝の道を走っていた。陽の白き閃光が照らす中、散る桜並木の横を通り、真っ直ぐに、ただひたすらに。
『日向はしばらく休学するわ』
初めはその言葉の意味が分からなかった。朝の支度が済み、制服に着替え部屋を出た時のこと、挨拶をする前に放った姉の第一声がそれだった。
理解できず言葉も返すことができない日咲に、妃紗は真面目な視線で続けた。
『急な用事ができて、前にいた田舎に帰らなければならなくなったの。心配することはないわ、すぐに戻って――』
――日咲は姉の言葉を最後まで聞かず走り出し、家を飛び出していた。
走って、走って――運動は得意ではないため、足がもつれ転びそうになりながらも走る。
「間に合って!」と祈った。
「会わせて!」と願った。
激しく鼓動する胸の中で、名前を何度も呼んだ。胸の呼びかけが伝わってと祈った。伝わって、行くのを止めてと願った。
いつもは綺麗だと感じていた、目に入る散る桜を恨めしく思う。まるで別れを教えているようで、頬に触れる花弁を首を振って払った。
走って、走って――そして。
やがて見えてくる木の塀に囲まれた一軒。その入り口の前の道路を見つめ、日咲はなお足を速めようとした。疲れている中で十分に動かなくなっている足を速めることなどできないと分かっていても、自身に叫び足を蹴り上げた。家の前には誰もいない。ということは、まだ家に居るか……もう出て行った後となる。
足がもつれ、よろめき、木の塀へと身体がぶつかった。足が震え、そのまま座り込みそうになる――だが、日咲は塀に手を付き、もう一度足を踏み出す。
もう少し、もう少し――自らに言い聞かせ、そして、息を切らせながら古い平屋の家へと日咲は飛び込んだ。