例えるならば、可憐な花。派手さはないが、誰もが気を惹かれ愛しい情を起こす小さき花。寂しさの中にも優しさと柔らかさと、控えめなその奥にある強さも感じさせる――はあ、とこの時に溜息が出る、よく花を知る者ならば上手く例えれたものを。
 春の花ならば、「素敵な美しさ」といわれるカラー、君影草ともいう「幸せの再来、純潔」の鈴蘭。鈴蘭といえば、鈴蘭水仙とも呼ばれるスノーフレーク、「汚れなき心」。でも、花言葉で選ぶならやはり白椿、「完全な愛らしさ」。「可憐」のオンシジウム。……けれど、かの少女を表すにはまだ違うような気がした。

 少女を表す花として、自分が真っ先に思い浮かんだのは「精神の美」、「優美な女性」の――桜の花だった。満開の桜ではない、一輪の桜の花。
 もしかすれば他に合う花もあったかもしれないが、自分には暖かく柔らかい陽の閃光浴びる仄かに紅い薄紅色の桜の花一輪という印象がこの少女には強かった。
 周囲を自然と微笑ませる雰囲気と姿。他の人も否定はしないだろうと思う。目を惹く印象と何とも言い難いその魅力、その愛しさ。そんな姿には桜がよく似合った。思えば卯月の刻、どれだけの人間がこの少女に心魅かれたであろう。

 初めて見た印象は今でも忘れない。いや、忘れるどころか鮮烈に残り、一度も頭から離れることはなかった。

 あれは十年前――小学校に入学する少し前のこと。

 遠い親戚だと姉から学園長室で紹介された少女。扉を空け、こちらへと歩いてくるその姿。幼きながらも大正の女学生のように袴を身に纏い、静かに歩を進める優雅な運び、僅かに流れる黒髪と揺れる袂、輝く黒耀の瞳――緊張もなく芝居がかってもいない、自然そのものの振る舞いの美と見る者に清清しさを与える空気。それでいて、大人びてなく可憐で可愛らしい表情と身体。そんな雰囲気を纏いながら自分の手前で止まり、微笑を向けられた瞬間――その印象に目を奪われた。

 なんて愛らしい子なのだろう――吐息と共に、心の中で呟いた。自分一人の感想だけではない。「愛らしい」、それは、この子を現す言葉だった。自己紹介が終わり、姉から「良くしてあげて」と頼まれて心は躍った。熱に浮かされたように何を話したかははっきりと覚えてはいないけれど、この時からだった。この時から、自分は少女と共に居た。