「ほう、これは……一体何の戯れか」

 と、最初に声を出したのは、清衡の横にいる男だった。名は思い出せないが、陽織は知った顔だった。いつも上首の横に張り付き、変わりに命を出している小柄で太った男……もともとあまり良い印象はなかったが、この十四年でますます太ったのか、悪い印象が更に増している。

 この男だけではない。さっと視線だけで見渡し、陽織は揺れる感情を抑えられなかった。見知った顔が何人も居る。当然、時の流れで皆歳をとっているが、それでも忘れるわけがない。並んでいるのは、月代十家の当主たちなのだから。

「突然の訪問をお詫びいたします。初めてお目にかかります。月隠当主、月隠日向ともうします」

 日向は広間へは入らず、まずその場に座り一礼した。その姿勢、その振る舞い。日向に些かの変わりは無い。全くの自然。惑いも迷いもない。
 だが、並んでいる当主たちにとって日向の言葉と姿は無視できないものだった。それもそのはず。最初に男が「何の戯れ」と言ったのがまさにそうなのだろう。陽織が当主たちの顔が分かるのと同じく、日向のことを分からないはずがなかった。『日和の生き写しである日向』ならば。
 生き返ったと思われても仕方がない。そう、それこそ妖だと思われてもおかしくなかった。自分たちに非があることを感じているならば。

「母の意志を継ぎ、こちらへ参りました。お会いしていただき、お礼を申し上げます」

 礼を尽くした日向の言葉に、一同は黙って見つめた。品定めするような視線、嘲笑を込めた視線、警戒している視線――そして、何人かいる同情の視線。ほとんどは総じて悪意の視線だったが、上座に座る男、上首からは何も感じられなかった。
 悪意も敵意も、もちろん好意もない。何もない感情、それが全てを物語っている。月隠のことなど本当に忘れていたのだろう。潰したことも――日向の母を、日和を害したことも。