見慣れたというべきか。月代宗家の屋敷、第一家である朔月家は荘厳に、そして、一点の穢れも許されないように静謐に清められていた。
大小母様御存命の際は何度も足を踏み入れた場所だが、大小母様がお亡くなりになられてから、その敷居をまたがったことはない。月隠への妖討伐の命はいつも離れの砂利の上で行われていた。
果たして今日もそうなるだろう――日向に惨めな思いをさせたくない怒りが込み上げるが、今回はこちらが願って面談を申し入れている。無礼は我慢せねばならない。
――そう思っていた陽織だったが、
「どうぞ」
と、案内に屋敷の中へ促され、驚きと戸惑いに身体を止めてしまった。
一体、なんの企み。そう見てしまう。
「ありがとうございます。失礼します」
しかし、日向は深く一礼し、草履を脱いだ。自然と迷いなく。見るものに清々しい気持ちを起こさせるような礼をつくした所作で。
その姿に、陽織は知らずざわついていた自身の心を恥じた。なにを惑い、心を乱していたのか。わが子は、日向はこんなにも落ち着いているというのに。
陽織もまた屋敷に上がり、日向の後ろを歩いていく。すっと涼風が吹いたように、心の暗雲は晴れていた。
(今は日向のことだけ……当主のことだけを考えていればいい)
おそらくは、日和と共に来たとしても、日和は日向のように……いや、違う。日向が日和と同じなのだ。思えば、この感じは十四年前のその時と些かも変わっていなかった。
こちらを優しく包み、心を晴らせ暖かく照らしてくれる。日和の背へと付いていくとき、いつもそう感じていた。そして、今また日向にも同じことを感じている。
十四年前、日和の最後を共に行けなかった。そして、今、日向と共に歩みを進める。これはあの時の後悔と、誓いの道。今度こそは共に、もう後悔しない。その事を心に定め陽織は前を向いた。