知っているのは二人の母子――それで十分だった。陽織と日向。そして、日和と日向。母子の想いだけが二人を包み、嬉しさも悲しさも全て包み込んで、目にする景色、感じる空気を彩り鮮やかに変わらせていた。
――半日、いや、一日は待たされる覚悟はしていた。悪ければ、門を潜らせず追い返されるとも思っていた。それが、たった二刻で通された事は陽織には意外であり、それ故に不安が増す。あれだけ月隠を嫌い会おうともしなかった上首が一体何の企みがあって日向と会おうとしているのか。
ただ、どうあれこうまでして対面が早くなったのは、相手がこちらをどう思っているかの表れでもある。灯澄の言うとおり、日向は放ってはいけない存在ともいえた。
――上首が何を言うか。
陽織は門を潜り、月代の屋敷へ向かいながら前を歩む日向の背を見つめた。後ろからではその表情は見えないが、受ける雰囲気に変わりはなかった。全く変わらず自然のまま案内に従い歩みを進めている。
その背を頼もしく思い、陽織もまた覚悟を定める。日向に害を及ぼすことは無い、というのは陽織自身が言ったことだが、万が一は常に考えておかなければならない。日向を護る為に。
――だけれど、
(…………)
月代に近づくにつれ、乱れる心……そのことを自覚し、陽織はぐっと内に力を込めた。
日向の為、日向を護る為――そう言い聞かせる。だけれど、
(実際に、上首に会えばどうなるか……)
それは陽織自身も分からなかった。その時に、どんな感情を持つのか、どんな心に染まるのか。それは分からない。
日向の背を見つめる。不安と惑いを心に持ったまま、陽織は一歩一歩歩みを進めていく。