サァァァァ――――

 皐月の涼風――瑞々しい新緑たゆたい、清々しく陽気盛んに満る小満の日も過ぎた頃。
 塀に囲われた広い敷地。その入り口となる大きな門に、二人の人間が歩み寄り立ち止まった。

 一人の女性と一人の少女。二人とも千早を纏った術衣の正装。しかも、少女のほうは柔らかな小春を思わせる空気に包まれた花のように可憐な愛らしい少女。小さな鈴を袂と首元に付け、りんと微かに鳴らし佇む姿は神楽舞の巫女か、はたまた、すでに舞い降ろされた女神を身に宿した天女のようにも見える。
 一度見たら忘れようのないその姿だからだろうか。門番は見たことがない女二人に訝しい視線を投げかけた。あまりの少女の麗しさに妖かとも疑う。だが、月代の一帯は結界が張られている。この周辺は当然として、第一の門の奥に同じように塀を囲い第二、第三の門と三重の結界を施してある。例え妖気を隠すことができたとしても、普通の妖ならば女人に化け保つことなどままならないはずだった。少女のように淡い微笑みすら浮かべることなどできるはずがない。

「突然の訪問をお詫びします」

 妖かとも疑われるような愛らしい少女――日向はすっと頭を下げ、門番へとふわりと微笑んだ。

「月隠日向と申します。上首にお目通り願いたく参りました。お取次ぎ、宜しくお願いいたします」

 ここへ来るのも十四年ぶり――

 月代からの返事を門前で待つ間、変わらぬ景色を見渡し陽織は胸中で呟いた。とはいえ、その感情は感傷でも感慨でもない。あるのは苦しみと悲しみと――日向に気付かれぬように心の奥に隠した憎しみだけだった。

 十四年前、最後に日和と共に月代へ訪れたのは命を受けるためであった。日和の最後の命――月代の命は毎回変わらずただ一つ、妖を討つこと。その後、日和は病と月代に告げ、家へと籠もることとなる。身篭っていた我が子を、日向を無事に産むために。
 陽織はそれから一度もここへは訪れていなかった。そう、一度も。そのことに感情が乱される。