「分かっているか、灯澄。我らはもう後悔はしない。そうではなかったか」
「いえ……燈燕さん、そのことは大丈夫だと思います」

 燈燕の空気を感じて、二人の間に入るように陽織は声をかけた。確かに、燈燕の気持ちは陽織もよく分かる。月代を信じるところは一つもない。日向には見せないが……怒りと憎しみも、ある。軽くも甘くも見てはいない。だが、だからこそ分かることもあった。

「先程お話したように日向へは手を出せないはずです。月代とは関係ないというだけではなく、今の日向は城守学園を休学している生徒でもありますから。それで何かをすることはないでしょう」

 月代は家の体裁を気にする。例え、たった一人の少年だとしても……いや、年端もいかない少年だからこそ、日向には何もできないはずだった。些細なことだとしても、家に傷がつくようなことはしないはずだ。

「だからといって、何もしないという保障はないだろう。表立ってはしなくとも、裏で何をするか」
「それは……」
「燈燕の気持ちは分かる。だが、少なくとも人目のあるところでは何もすまいよ。月代の敷地内ではな。問題は外に出た時だが、その時は我らが付けばよい」
「灯澄よ、お前らしくもない物言いだな。あれだけ慎重には慎重を期するお前が」
「そうだな。だが、私は日向を信じると決めた。もう間違いは起こさぬ。それに、もちろん安心はつける」

 なお言い募る燈燕に灯澄は笑った。灯澄だとて、月代のことなど信用もしていない。敵なのだ。信など置くはずもない。だからこそ、その準備は考えていた。

「よいか、スズ」
「はい、お任せください」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
「? どういうことですか?」

 灯澄の言葉ににこりと微笑むスズと、納得し力を抜く燈燕。そんな三人の意を測りかね、日向は問いかけた。

「日向、月代に行く前にお前にはスズに支度を整えて貰う」
「支度?」
「なに、心配するな。お前にはぴったりの事だ。私も楽しみにしている」

 不思議に思う日向に、灯澄には珍しく悪戯っぽく笑った。