「いや……というのもおかしいか。我らに国のことなど分からぬが、少なくとも月代と同じではないように感じる。曖昧で申し訳ないがな」
「いえ、灯澄さんの言う通りだと思います」
燈燕の言葉に頷き陽織は後を続ける。
「妖が御伽話となった現在、妖に固執しているのは月代だけでしょう。とはいえ、国としても妖に好きにさせるのは納まりが悪い。だから、月代を今でも擁しています」
「平安の昔からのしがらみもあるだろうよ。外したくとも外せぬような」
「所詮」
灯澄は静かに呟き、少しだけ瞼を伏せた。改めて思う。自分たちの存在を、今いる世界を。虚無と共に。
「妖と月代の争いなど世界からしたらちっぽけなものにすぎん。どういうことになろうと、社会が変わることはない。そこで、我らは命を懸けている。譲れぬものの為に」
「…………」
黙る日向。そして、訪れる一瞬の沈黙。
そのことを気にして、灯澄はらしくないことを言ってしまったことを悔やみ、謝った。
「悪いな。長く生きるとこんな考えにもなってしまう。愚痴だったな」
「いえ……でも」
日向は微かに首を振り、灯澄に向かい微笑んだ。
「ちっぽけかもしれない、社会は変わらないかもしれない。でも、命は助かります。命が助かれば、何かが変わるかもしれない」
優しく、だけれど、凛と強く――日向は日愛の頭を優しく撫で、その純粋な真っ直ぐな瞳とともに澄んだ言葉を紡ぎ響かせた。
「わたしは日愛と出会えたことで母を知り、幸せを感じています。それは、わたしにとってちっぽけではありません」
「……そうか」
ああ――やはり、間違いではなかった。共に在ろうと誓ったことに、共の未来を願ったことに。
灯澄もまた――いや、灯澄だけではない、燈燕もスズも陽織も、日向の優しさに強さに包まれ目を細め微笑んだ。