普段交わす会話の中で、彼女はこれと言って成績に問題があるような人物ではないというのを僕は知っていた。
 周囲の人(同じアルバイトの人たちだ)から伝え聞く限り、どうやら彼女には有名な大学に進学できるほどの成績があるらしかった。家庭内でも特に厄介ごとは抱えておらず、親族との関係も良好で、金銭面での不安もないらしい。進学しないという方がありえない環境の中、生活しているとのことだった。
 あまりに不思議に思ったので、本人に直接尋ねてみようとしていたのだが、彼女は夜勤にシフトを変更していた。卒業式のあった翌日には移動することを決めていたようだった。しばらくの間、日の出ている時間帯には働かないつもりだという話もしていたらしい。
 僕がそれらの情報を店長から聞き出すと、店長はやたら嬉しそうに笑った。相変わらず、顔だけを見ればクマのぬいぐるみのような人だ。実態としてあるのは、山に生息する獰猛な獣だというのに。
「石川梨沙ね。あの子のおかげで、俺が夜勤の仕事をしなくて済むようになってな。本当に助かっているんだよ。できることなら、このままウチで働き続けてくれないものかと考えているんだ。話は面白いし、愛想も良い。礼儀正しくて、問題行動は一つも起こさない。まさに理想の従業員だよ」
 と、彼は僕に言った。僕は心の中で「あなたの理想については興味がありません」と呟いた。もちろん、口に出したりはしなかった。
 シフトの変更について、石川梨沙は卒業式の二ヶ月前から店長に相談していたという。急な変更ではないし、二ヶ月前というならこの仕事を辞めると伝えても許容されるくらいだ。
 つまり彼女は、大学の受験に失敗してとりあえず継続するという形をとったわけではないようだった。おそらくは就職についても考えていないかもしれない。或いは自ら、アルバイトの継続を希望したのだ。
 理由を知りたいと思うのは、自然な話だった。


 石川梨沙が夜勤へ移動となった後、彼女の代わりはすぐにやってきた。同じ高校の、僕より一つ下の後輩だった。後輩とはいうのだが、彼は僕とほとんど同じ身長で、体格にも恵まれていた。野球部に所属しているらしかった。
 運動部の経験がない僕は当然のことのように、野球部の存在感に圧倒された。先輩として上から目線な言動は一切せず、教育係として業務について懇切丁寧に説明をするよう努めた。
 彼は僕よりはるかに物覚えが良く、僕が自信を持てるようになるまで三ヶ月かかった内容を、一ヶ月ほどで習得してみせた。そして彼は石川梨沙と同じように、周囲の人間に対して愛嬌を振り撒いていた。店長や、パートの主婦や、高校生たちの顔に笑顔という花を咲かせていった。