女性専用と書かれた扉をノックした。彼女の名前を呼んだ。僕が「何かありましたか」と訊くと、扉の向こう側から返事が返ってきた。何もない、でもしばらく、レジを頼んでも構わないかということだった。僕は「構わない」と返した。どことなく、彼女から体調を悪くしているような気配が読み取れた。声が幾分弱々しかった。
一人にはなるが、どうせ客は来ないのだと僕は思った。僕一人だけではモニターの中に見落とがあるかもしれないので、バックヤードには戻らなかった。レジの近くでぼんやりしたり、細かい商品整理をしたりして時間を潰した。そのうち石川梨沙がトイレから出てきた。どれだけ時間が経過したかは、僕にもわからなくなっていた。
彼女は石鹸を使って綺麗に手を洗い、ポケットからハンカチを取り出して拭いてから、僕のいる方へと歩いてきた。顔色が悪くなったりはしていなかったが、どことなく元気がないように見えた。僕は思わず「大丈夫ですか」と尋ねた。一言「大丈夫よ」とだけ答えた石川梨沙は、僕に「交代で業務こなしましょう。どちらかはお店のことをして、もう一人は裏で休憩しているようにするの」と言った。異論はなかった。
それから僕と石川梨沙は、代わる代わる店の仕事をこなしていった。時計の針が午前一時を指した頃、二人でタイムカードを切り、店を出た。
僕は自転車に跨り、石川梨沙は桃色の軽自動車に乗り込んだ。彼女は窓を開けて、ペダルを漕ごうとする僕に声をかけた。
「徳田くん。またシフトが被った時は、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って別れた僕たちは、それぞれ帰路に着いた。
その後もコンビニのアルバイトは続けた。最初の何ヶ月かの間は専門学校の授業もあって随分疲れたが、時が経つにつれて負担も和らいでいった。石川梨沙とも時折シフトは被った。彼女はそれまで通り僕に接した。しかし、以前ほど僕に対して興味は抱いていなかったようだ。もうあの質問攻めは行われなかった。
専門学校に入って最初の夏休みにアルバイトを辞めた。店長には勉強が大変になってきただとか、そんなことを言って理由とした。当然、勉強で忙しくなったわけではない。僕自身、もうあそこで働き続けるのは無理だと感じたのだ。
最後の出勤の日、店長が僕に右手を差し出した。形式上、僕はその手を握った。
店長は僕に「勉強頑張れよ」と笑顔で言った。僕も「頑張ります」とだけ答えた。もちろん、社交辞令のようなものだった。
僕は石川梨沙にも挨拶をしようと考えていたのだが、彼女と会ったのは最後の出勤日の五日ほど前のことだった。そこからシフトは被らなかったので、ついに最後の挨拶はできないままだった。
一人にはなるが、どうせ客は来ないのだと僕は思った。僕一人だけではモニターの中に見落とがあるかもしれないので、バックヤードには戻らなかった。レジの近くでぼんやりしたり、細かい商品整理をしたりして時間を潰した。そのうち石川梨沙がトイレから出てきた。どれだけ時間が経過したかは、僕にもわからなくなっていた。
彼女は石鹸を使って綺麗に手を洗い、ポケットからハンカチを取り出して拭いてから、僕のいる方へと歩いてきた。顔色が悪くなったりはしていなかったが、どことなく元気がないように見えた。僕は思わず「大丈夫ですか」と尋ねた。一言「大丈夫よ」とだけ答えた石川梨沙は、僕に「交代で業務こなしましょう。どちらかはお店のことをして、もう一人は裏で休憩しているようにするの」と言った。異論はなかった。
それから僕と石川梨沙は、代わる代わる店の仕事をこなしていった。時計の針が午前一時を指した頃、二人でタイムカードを切り、店を出た。
僕は自転車に跨り、石川梨沙は桃色の軽自動車に乗り込んだ。彼女は窓を開けて、ペダルを漕ごうとする僕に声をかけた。
「徳田くん。またシフトが被った時は、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って別れた僕たちは、それぞれ帰路に着いた。
その後もコンビニのアルバイトは続けた。最初の何ヶ月かの間は専門学校の授業もあって随分疲れたが、時が経つにつれて負担も和らいでいった。石川梨沙とも時折シフトは被った。彼女はそれまで通り僕に接した。しかし、以前ほど僕に対して興味は抱いていなかったようだ。もうあの質問攻めは行われなかった。
専門学校に入って最初の夏休みにアルバイトを辞めた。店長には勉強が大変になってきただとか、そんなことを言って理由とした。当然、勉強で忙しくなったわけではない。僕自身、もうあそこで働き続けるのは無理だと感じたのだ。
最後の出勤の日、店長が僕に右手を差し出した。形式上、僕はその手を握った。
店長は僕に「勉強頑張れよ」と笑顔で言った。僕も「頑張ります」とだけ答えた。もちろん、社交辞令のようなものだった。
僕は石川梨沙にも挨拶をしようと考えていたのだが、彼女と会ったのは最後の出勤日の五日ほど前のことだった。そこからシフトは被らなかったので、ついに最後の挨拶はできないままだった。