が読み取れた。だが僕は、その何かの正体についてはっきりとした姿形を見いだせなかった。彼女が己の眼を通して密かに、けれど確実に僕へと伝えたがっている感情というのは、僕のこれまでの人生経験の中には存在し得ない類のものであるようだった。僕はその感情を、どのように形容して自らの内へ招き入れ、咀嚼し、理解すべきだろうか。どのように解釈すべきなのだろうか。
 まるで、基本も教えらないまま応用問題を解かされている気分だった。今僕の中には、石川梨沙の胸中を正確に読み解くだけの基礎となるものがない。基礎がなくては、応用は効かない。しかし彼女は、僕に基礎を築かせる前に難解な問題の答えを出すよう求めている。一言も口には出さないが、そう僕に迫っている気がするのだ。
 冗談だと笑ってしまうこともできそうにないので、僕はひとまず自分の取ったお茶のペットボトルを開けて、一口飲んだ。考えをうまく整理したかった。だがキャップを閉めてボトルをテーブルの上に戻すまで、一つとして状況は変わらなかった。むしろ、混乱が増したかもしれなかった。
「ひとまず、石川さんの今話した内容が本当だったとして」
 僕は予防線を張るようにしてから口を開いた。このまま黙ってしまうのはいけないと感じたからだ。
「どうして、今になって気持ちを伝えるんでしょうか。こんなにあっさり告白できるなら、もっと早い段階でしていてもよかったはずです」
「徳田くん、あなた、恋したことある?」
 僕は「いいえ」と返した。その時の声はわずかにだが震えていた。
「なら、気持ちを理解できないのも無理ないわね。でも、一つ覚えていて欲しいんだけど、人の気持ちはどこまでいっても複雑で、抽象的で、難しいものよ。道理も、順番もあったものじゃないの。だからこそ、みんな頭を捻って一生懸命考えるの。自分の伝えたいことを伝えて、相手の言っていることを理解しようとする。でも、元々が随分わかりにくいものだから、最終的には、誰も他人の気持ちを正確には理解できないのよ。私は、徳田くんが今感じていることをそのまま自分の中に落とし込めないし、徳田くんは、私の中にある感情を真に自分ごととして理解することは不可能なの。どちらが悪いという話ではないのだけれど、今回はたまたま、お互い相手のの気持ちをうわべだけでもいいから掬って、把握したつもりにすらなれなかった。だから、私は全部諦めた。最後に一言だけ、一応伝えておこうと思って気持ちを伝えた。それだけなの」
 彼女はそう言うと、席を立ってトイレへと向かった。僕だけがバックヤードに残された。彼女が席を外してしばらくすると来客があり、僕も椅子から立ち上がって業務に取り掛かった。精算を済ませた客が店から出ていくと、僕はすぐにはバックヤードに戻らなかった。石川梨沙が一向にトイレから出て来ないので、少しの間待ってみることにした。
 だが彼女は五分が経っても、十分経っても顔を見せなかった。或いは個室の中で倒れているのではないかと思って、トイレの方まで移動し、