て、なんて味気のない、地味なものなんだろうって思えるようになりたい。でもそうするためには、想像していたよりずっと努力が必要とされたわ。波風立てず、静かに暮らすというのも案外難しいものよ。だからこそ、私には地味で味気のない生活が、何より輝いて見える」
なるほどな、と僕は思った。石川梨沙という人は、僕が車に乗ってどこか遠くの場所に行ってみたいと考えるのと同じくらいに、変わり映えしない毎日を送っていたいのだ。できるのなら、今後ずっと。
僕はモニターの方を一瞥してから「でも、車の免許は取るんですね」と言ってみた。「ええ」と石川梨沙は答えた。
「生活を便利にすることと、根底から覆すことは全く別の物事よ。車を持とうが、私は毎日同じ時間に、同じ道から帰る。違いがあるとすれば、帰った時に汗をかいているか否かという所くらいのものよ。それに、私が車に乗ったからって、誰かから嫌われるわけでも、好かれるわけでもないわ」
当たり前のことだ、とばかりに彼女は言った。僕は思わずなるほど、と口に出した。自分の知り合いが、車の免許を取得し、新車を購入して気にいるあまり名前をつけたところで、その人を嫌いにはならない。そんな話を聞かされて嫌悪感を覚える相手というのは、元々自分が嫌に思っていた人物だけだろう。
僕は質問を変えてみた。
「友達は、どうなんですか?」
「友達?」
「どれだけ気をつけていても、じっとしていても、周りの環境は変わるじゃないですか。友達がよその地域に仕事に行ったり、大学に進学したりすると、今まで通りに会ったりするのは難しくなる。石川さんにだって、友達との関係は現状のまま続いていくわけじゃないでしょう」
彼女は目を閉じて静かに首を振った。そして、簡単な算数の問題に手こずっている小学生を前にしたみたいな目で僕を見た。
「いくら私だって、この世のもの全てが未来永劫続いていくなんて思っていないわよ。私一人が頑張ったところで、維持できるものなんてほとんど無いんだってね。徳田くんは、自分がもうこれ以上歳をとらないんだって思っているの?」
僕は首を振った。
「私もよ。いつかは顔中シワだらけで、髪は真っ白なおばあちゃんになることくらい、もちろんわかってる。それと同じように、時が経つにつれ否応なく変わっていってしまうものがあるって、知っていて当然よ。だから、静かに暮らすのも案外難しいって言ったの。友達がいつかは私の隣から去って、どこか遠くにいってしまうのも覚悟してる。遅かれ早かれ別れは来るのだと、踏ん切りはついてる。辛いけどね。でも、辛いからこそ、できる限りの変化は起こさせないよう努力しているの。必要以上に辛い思いをしなくて済むようにね」
そう言って彼女は、テーブルの上に置いていたお茶を一口飲んだ。大
なるほどな、と僕は思った。石川梨沙という人は、僕が車に乗ってどこか遠くの場所に行ってみたいと考えるのと同じくらいに、変わり映えしない毎日を送っていたいのだ。できるのなら、今後ずっと。
僕はモニターの方を一瞥してから「でも、車の免許は取るんですね」と言ってみた。「ええ」と石川梨沙は答えた。
「生活を便利にすることと、根底から覆すことは全く別の物事よ。車を持とうが、私は毎日同じ時間に、同じ道から帰る。違いがあるとすれば、帰った時に汗をかいているか否かという所くらいのものよ。それに、私が車に乗ったからって、誰かから嫌われるわけでも、好かれるわけでもないわ」
当たり前のことだ、とばかりに彼女は言った。僕は思わずなるほど、と口に出した。自分の知り合いが、車の免許を取得し、新車を購入して気にいるあまり名前をつけたところで、その人を嫌いにはならない。そんな話を聞かされて嫌悪感を覚える相手というのは、元々自分が嫌に思っていた人物だけだろう。
僕は質問を変えてみた。
「友達は、どうなんですか?」
「友達?」
「どれだけ気をつけていても、じっとしていても、周りの環境は変わるじゃないですか。友達がよその地域に仕事に行ったり、大学に進学したりすると、今まで通りに会ったりするのは難しくなる。石川さんにだって、友達との関係は現状のまま続いていくわけじゃないでしょう」
彼女は目を閉じて静かに首を振った。そして、簡単な算数の問題に手こずっている小学生を前にしたみたいな目で僕を見た。
「いくら私だって、この世のもの全てが未来永劫続いていくなんて思っていないわよ。私一人が頑張ったところで、維持できるものなんてほとんど無いんだってね。徳田くんは、自分がもうこれ以上歳をとらないんだって思っているの?」
僕は首を振った。
「私もよ。いつかは顔中シワだらけで、髪は真っ白なおばあちゃんになることくらい、もちろんわかってる。それと同じように、時が経つにつれ否応なく変わっていってしまうものがあるって、知っていて当然よ。だから、静かに暮らすのも案外難しいって言ったの。友達がいつかは私の隣から去って、どこか遠くにいってしまうのも覚悟してる。遅かれ早かれ別れは来るのだと、踏ん切りはついてる。辛いけどね。でも、辛いからこそ、できる限りの変化は起こさせないよう努力しているの。必要以上に辛い思いをしなくて済むようにね」
そう言って彼女は、テーブルの上に置いていたお茶を一口飲んだ。大