一度でいいから、僕はそんな場所を目にしてみたい。そして僕の描いた海沿いの町の景色は、きっとどこかにある。ただの妄想ではなく、実際に存在するものなのだ。根拠はないが、そう言う確信に近いものが僕の中にはあった。
 僕が車を持った生活について考えていると、石川梨沙が言った。
「車中泊って、楽しいのかな」
 彼女はモニターを見るともなく見ながら、独り言のように言った。
「知らない場所に行くのは、わくわくするものだと思いますよ。石川さんって、ドライブとか行かないんですか?」
「行かない。遠くには絶対に行かない。高校に入学してからは、この町から出たこともないと思う」
「出たことがないっていうのは、一度も、ですか?」
「ええ、一度もよ。友達と遊びに行くのだって近場でどうにかなってたし、修学旅行は体調不良で行かなかった」
「体調不良というのは、仮病をしたってことですか?」
「どうして、そう思ったの?」
 石川梨沙が画面から目を離して、僕の方を向いた。彼女の瞳には、何かを期待しているような響きがあった。
「普通、修学旅行に行けないとなったら、悔しいとか、残念というふうに思うはずです。でも、石川さんはそう見えません。どちらかといえば、ほっとしているように僕には見えるんです」 
 直感的に感じたことを、ほとんど正直に話した。石川梨沙は僕の目を正面から見据えたまま答えた。
「正解。本当は、行きたくなかったの、修学旅行」
「それは、どうしてなんですか? 友達との思い出だってできるし、楽しいはずですよ」
「徳田くんがそう言い切れるのは、どうして?」
 今度は石川梨沙が僕に尋ねた。彼女の言葉は重く、重厚に僕の耳まで届けられた。表情は一切変化していなかったが、彼女の中で何かレールが切り替わったのだと言うことがわかった。おそらくは、良しとされない方向に。
「僕がそうだったからです。石川さんたちの行き先がどこなのか僕は知りません。でも、僕は友達と京都を回って、すごく楽しい思い出ができました。卒業してからその友達とは会っていませんが、在学中は度々、修学旅行でのことが話題にあがっていました。少し大袈裟な言い方かもしれませんが、絆が深まったわけです。実際、僕は彼らと卒業旅行と称して北海道にも行きました。大切な友達になったんだと思います。石川さんにも、そういったことが十分にありえたはずです」
 僕が話している間も、石川梨沙は少しも表情を変えなかった。穏やかな顔つきで、僕の話を聞いていた。そして僕が一通り話し終えるのを待って、こう言った。
「でも私、変化が嫌いなの」