「免許を、取ったんですか?」
「ええ。お母さんが、車があると便利だろうって。ほら、私の家ってここから少し遠くにあるじゃない」
僕は「初めて聞きました」と答えた。すると石川梨沙は不思議そうな顔をした。彼女の中では、自分の家の所在地を僕に明かしていることになっていたらしい。「言ってなかったっけ、私の家はここから遠いのよ」と軽い習性を付け加えると、彼女は話を続けた。
「高校生の頃は、私って自転車でここまで通っていたでしょ? でも帰り道に、自転車を一度降りて歩かなくてはならない急な坂があるの。回り道することもできるんだけど、倍近い距離を走る必要があるから我慢していたの。いつも汗だくで家に帰り着くのよ。時々愚痴をこぼしていたら、お母さんが、それなら車を使えばいいって言ってね。お金も溜まっていたし、車の購入分はお父さんと二人で用意するからって言ってくれて、それで免許を取ることになったの。授業もないし、自動車学校にはのんびり通ったわ。駐車場に一台、軽自動車が停まってるでしょ? あれ、実は私の車なの。しかも新車。桃色で可愛くて、すごく気に入ったから、モモって名前までつけたのよ。カメラには映っていないみたいだから、後で駐車場に見に行ってみて。本当に可愛いくて、良い車なの」
実に楽しそうに、彼女は車と車の免許について語った。話の中で彼女は、自分が以前は自転車でここまで通っていたと話していたのだが、やはりそれも初耳だった。だが、それについては触れないようにした。小さな情報漏れのために、二度も会話を中断したくない。
「僕、車は持ってないんですけど、想像するにすごく楽しそうですよね。気軽に遠くまで行けるし、音楽だって流せる。やろうと思えば、車で生活だってできる」
僕がそう言うと、石川梨沙はくすくす笑った。
「モモは小さいから、足を伸ばして眠れないよ。きっと、朝になる頃には背中も足も痛くなってる」
「そういうものですかね」
「そういうものよ」
僕は昔から、車中泊をして日本中をあちこち旅してみたいと思っていた。時折自分が全く知らない町で、初めて見る光景を目の当たりにする様を頭の中で思い描いている。多くの場合、僕は海沿いの町を目指していた。海岸沿いに建てられた店に立ち入り、飲食をしたり、或いは何か小物を購入したりする。そして店から出て車に乗り込む前に、海に一番近いあたりまで歩く。そこから海を眺める。
僕が普段、想像力を駆使して眺める海はゆったりとしていた。波は穏やかに砂浜を洗うか、岩場にたどり着く。地形に合わせて、海水は形を変えてまたどこかへと流れていくのだ。付近を海鳥たちが飛び、遠くの方では一隻の船が水平セインの向こう側を目指して進んでいる。目に映る物すべての動作が、実に緩慢に行われる。
「ええ。お母さんが、車があると便利だろうって。ほら、私の家ってここから少し遠くにあるじゃない」
僕は「初めて聞きました」と答えた。すると石川梨沙は不思議そうな顔をした。彼女の中では、自分の家の所在地を僕に明かしていることになっていたらしい。「言ってなかったっけ、私の家はここから遠いのよ」と軽い習性を付け加えると、彼女は話を続けた。
「高校生の頃は、私って自転車でここまで通っていたでしょ? でも帰り道に、自転車を一度降りて歩かなくてはならない急な坂があるの。回り道することもできるんだけど、倍近い距離を走る必要があるから我慢していたの。いつも汗だくで家に帰り着くのよ。時々愚痴をこぼしていたら、お母さんが、それなら車を使えばいいって言ってね。お金も溜まっていたし、車の購入分はお父さんと二人で用意するからって言ってくれて、それで免許を取ることになったの。授業もないし、自動車学校にはのんびり通ったわ。駐車場に一台、軽自動車が停まってるでしょ? あれ、実は私の車なの。しかも新車。桃色で可愛くて、すごく気に入ったから、モモって名前までつけたのよ。カメラには映っていないみたいだから、後で駐車場に見に行ってみて。本当に可愛いくて、良い車なの」
実に楽しそうに、彼女は車と車の免許について語った。話の中で彼女は、自分が以前は自転車でここまで通っていたと話していたのだが、やはりそれも初耳だった。だが、それについては触れないようにした。小さな情報漏れのために、二度も会話を中断したくない。
「僕、車は持ってないんですけど、想像するにすごく楽しそうですよね。気軽に遠くまで行けるし、音楽だって流せる。やろうと思えば、車で生活だってできる」
僕がそう言うと、石川梨沙はくすくす笑った。
「モモは小さいから、足を伸ばして眠れないよ。きっと、朝になる頃には背中も足も痛くなってる」
「そういうものですかね」
「そういうものよ」
僕は昔から、車中泊をして日本中をあちこち旅してみたいと思っていた。時折自分が全く知らない町で、初めて見る光景を目の当たりにする様を頭の中で思い描いている。多くの場合、僕は海沿いの町を目指していた。海岸沿いに建てられた店に立ち入り、飲食をしたり、或いは何か小物を購入したりする。そして店から出て車に乗り込む前に、海に一番近いあたりまで歩く。そこから海を眺める。
僕が普段、想像力を駆使して眺める海はゆったりとしていた。波は穏やかに砂浜を洗うか、岩場にたどり着く。地形に合わせて、海水は形を変えてまたどこかへと流れていくのだ。付近を海鳥たちが飛び、遠くの方では一隻の船が水平セインの向こう側を目指して進んでいる。目に映る物すべての動作が、実に緩慢に行われる。