村長の息子の元へ無理矢理嫁がされたすずは、翌日から村人達に『黄泉還しの巫女』と呼ばれるようになる。
 そう呼び始めたのは村長で、村中に流布させるようにしたのも村長親子だった。

(最初はみんなを救えることが、嬉しかったけれども……)

 彼ら親子が村に訪れた行商人のもその噂を流させると、村には死者蘇生を求める者が集まるようになる。
 村長達は彼らを客と呼び、金銭や金目の物と引き換えに亡骸を甦らせる。
 もちろん、務めを果たすのは、黄泉還しの巫女と呼ばれるようになったすずの役目だ。

(お金儲けのために、こんなことをするなんて……良くないのに……)

 彼らがすずの能力で得た利益は、村長達の懐にそのまま入っていく。
 家は豪華に、村長や息子の食事は豊かになっていく。
 村は外からの客で賑わうようになり、村人達の貧しく苦しかった生活にも少しずつ変化が訪れていたが、すずがその恩恵を受けることはない。

(それに本当の神職さまでもないのにこんな格好するなんて……。罰当たりだよ……)

 村長親子はすずに巫女装束を与え、巫女の真似ごとをさせる。
 その衣装だけが、彼女の持ち物の中で最も豪華だ。
 黄泉還しの巫女としての務めを果たしていない時は、女中のように村長の家の家事を任されており、彼女には心休まる余裕などなかった。

(でも……逆えない……。逆らったら、父さんと母さんが孤立しちゃう……)

 金に目のくらんだ村長親子の様子を不安そうに眺めながらも、彼女は彼らに従っている。
 同じ村で暮らす両親のことを思うと、すずは彼らに反発することが出来ない。

「ふたりとも、元気にしているかな……」

 両親に顔を会わせたいと彼女が願っても、村長とその息子は決して叶えようとはしなかった。

「私、死んだら地獄に落ちるのかな……」

 罰当たりな行為の片棒を担いでいる自覚があったすずは、はらりと涙を零す。

「私を助けてくれた竜胆様に……幻滅されたくないのに……」

 すずが顔を手で覆って縁側でひとり泣いていると、庭の草木の茂みからガサガサと物音がする。
 慌てて顔を上げてみると、そこから現れたのは右まぶたの上に傷のある鹿だった。

「最近よく来るね。危ないからもう来ちゃダメだった言ったでしょう? でも嬉しい」

 すずは涙を着物の袖で拭うと、心配そうな様子で駆け寄ってきた鹿を優しく撫でる。

「……不思議。鹿さんを見ていると、竜胆様を思い出すの」

 すずをじっと見つめる鹿を、彼女もまたじっと見返した。

「あれ……。鹿さん、目の色が片方金色なんだね。前は両方とも蒼じゃなかった?」
「……」
「私と同じ。私もね、前は両方黒の眼だったの」

 すずはふわりと微笑むと、慰めるようにすり寄ってきた鹿を抱きしめる。

「温かい……。ねえ鹿さん、もうちょっとだけ……一緒にいて」
「……キュウ」

 鹿のぬくもりを感じながら、すずはそのまま縁側で目をつむり、束の間の眠りについた。