歴史上、最大の乱世と呼ばれる時代。
 とある山奥に、小さくも賑わいを見せる村があった。
 その村の長の真新しく立派な家で、家の様子とは正反対に着古した着物を身につけたすずは、夫から離婚を言い渡される。

「お前とは離婚する!」
「え……」

 真新しい着物を着る夫の隣には、彼の浮気相手……曰く本命がいる。
 どうやって手に入れたのか、この村では珍しく艶やかな柄の着物を着崩した浮気相手が、夫に身体を密着させて寄り添っていた。
 すずが何度も彼らから見せつけられていた光景で、不快に思いはしても、不満を感じることはなかった。

 すずと夫の間には、愛情はない。
 すずの能力に目を付けた村長が、自身の息子の嫁にと、齢十五の彼女を無理矢理に親元から引き離して嫁がせたからだ。
 夫もその浮気相手も、すずよりも一回り上の年齢である。
 本人達の意見を無視した婚姻で、昔からの恋人がいる夫は、すずに対して辛く当たっている。
 彼はすずを道具、或いは女中として扱う始末だ。
 さらに、すずの持つ能力や、老婆のような白髪、そして人ならざるものを予感させる金銀妖瞳(きんぎんようどう)から、夫は彼女に対して不気味さを感じていた。
 夫が彼女を疎ましく思う態度は、三年もの月日が流れたいまでも変わらない。

「まったく。お前は真の神職ではないにも関わらず、巫女の身は潔白でならないと散々親父に言い聞かされてきたが……。そのせいで結局、お前を一度も抱くこともなかったな」

 村長は、つい先日病によって儚いひととなった。
 無理矢理すずと結婚をさせた父のことを、息子は良く思っていなかったのだろう。
 彼は次代の長として最低限の弔いを終えると、早々にこれまで妥協していた物事に見切りをつけ始め、まずはすずとの離婚を切り出したのだ。

「あなたったら、そんなこと言って。この子の貧相な身体じゃあ、そのつもりもないでしょう?」
「それにこんな陰鬱な顔の女じゃあ、興が覚めるってもんだしな」

 あざ笑いと共に下卑た言葉を繰り出す夫……いや、元夫となった男とその浮気相手に、すずは怖気が走る。

「……離婚ですね、分かりました」

 俯いて返答すると、この時はまだ腰の長さまであったすずの白く長い髪がはらりと揺れる。
 彼女はずっと、村長とその息子である彼の命令を聞き続けなければならなかった。
 離婚を言い渡されたことで、「ああ、やっと解放される」と内心で安心するばかりだ。

「それでは私はこれで……」

 これからどこに行けばいいだろうか。
 実家へと帰ったら両親に迷惑をかけてしまうかもしれない。
 それでも、少しでも長い時間を、生き永らえることのできた両親と過ごしたい。
 すずは不安と期待を胸に抱えながらも、少ない荷物をまとめてすぐにでも出て行こうと、踵を返そうとする。

 しかし、元夫はそんな彼女の肩を力強く掴むと、無理矢理振り向かさせた。

「きゃっ!!」

 勢いあまって尻餅をついてしまうが、元夫たちはすずに手を差し伸べようともしない。
 二人とも底意地の悪い眼差しをすずに向けている。

「は? どこに行くって言うんだ?」
「こちらから、お(いとま)しようかと思いまして」
「んなことさせるわけがないだろ」
「そうよ!」
「え……?」

 離婚すると言うのに、何故元夫の家に留まらなければならないのだろうか。
 しかも浮気相手までもが、夫の意味の分からぬ発言に同意している。
 すずの疑問に答えるように、彼は見下すように、かつて望まぬ妻として迎えた少女に告げた。

「お前にはこれまで以上に、()()()()の能力を、存分に振るってもらわなきゃなんないんだからな」
「そうそう。村の繁栄のためよ」
「そんな……」

 抵抗する間も与えられず、すずはひとり、村長の屋敷の座敷牢に閉じ込められてしまった。