すずは、ふわふわと浮かぶ懐かしい感覚を受けた。
 この感覚は憶えがある。鬼の姿をした竜胆に初めて出会う、その直前の出来事と全く同じだからだ。
 おそらくいまのすずは、三途の川の上空に浮かぶ鬼灯に包まれた魂のひとつなのだろう。

『すず……』

 ちりん、ちりん……と竜胆の花がいつもよりも物悲しく泣き叫ぶ。
 心を揺さぶられるような音の震えに、朧気でいたすずの意識がはっきりと覚醒していく。

(竜胆様が、呼んでいる気がする)

 きっと幼き頃の三途の川での出会いは、偶然ではなかったのだろう。すずはそう感じた。
 木から落ちて三途の川へと流れて行こうとするすずを竜胆が救い上げたのは、それ以前に鹿の姿をした竜胆をすずが助けたのがきっかけかもしれない。
 けれどもそれ以上に……物悲しく佇む青鬼は、誰かを恋しがっていたのだろう。
 三途の川でひとりでいる竜胆は、すずに惹かれ、彼女と共に歩むことを希い(こいねがい)、伴侶として選んだ。

 風鈴のような音が響き渡るたびに、言葉の少ない竜胆が心の奥底で「逝かないでくれ」と嘆いている気がする。

(竜胆様のところにいきたい……!)

 すずが目を開くと、彼女が包まれていた鬼灯の皮が、ぱちぱちと爆ぜる。
 中から放り出されたすずは、光から徐々に元の形へと象っていき、咲き誇る竜胆畑の上に落下していく。

「すず!」

 彼女の落下地点には、鬼の竜胆が手を広げて心配そうに待ち受けていた。

「竜胆様!!」

 すずを受け止めた竜胆が、そのままの勢いで一回転する。
 竜胆の花の花びらと共にすずがふわりと空を舞うと、ちりんちりんと喜びに満ち溢れた音色が響いた。

「改めて言おう、すず」

 彼はすずを花畑に下ろすと、彼女の額にこつんと二本の角を合わせる。
 すずの蒼い右眼と、竜胆の蒼い左目眼が交差する中で、彼は恋しい様子で彼女に告げた。

「俺の伴侶になってくれ」
「はい!」

 喜びに溢れた表情で頷いたすずが竜胆を抱きしめると、彼も彼女を逃さぬようにと、強く強く抱きしめる。

 上空では数多の鬼灯が、三途の川の向こうに向かって飛んでいく。
 彼岸の方角から鬼灯の弾ける音が鳴り響くと、彼女たちのいる此岸を明るく照らす。

 竜胆の花が揺れる花畑の中で、鬼灯が放つ花火のような明かりに照らされたふたりが、口づけを交わす。
 まるで、死者達に祝福されるような光景の中で、すずと竜胆は将来を誓い合った。

~完~
※おまけ話がひとつだけ続きます。