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 遊びに行くと言っても、僕らの町に高校生が休日に過ごすような施設は無い。チェーン店はファーストフード系しか無いし、カラオケやボーリングだって高校生にとっては財布が痛い価格の個人経営の店ばかりだ。
 ただのよくある田舎の観光地。それも、電車で少し行ったところにもっと有名な観光地が存在する。そんなおまけのような場所。
 生まれ育った町ながら、どこに観光要素があるんだと思ってしまう。駅前には廃れた土産屋と干物屋、観光客からぼったくる高値の食事処が数件。町中には観光施設があるわけでもない。山と海、それと温泉だけがこの町を観光地だと言い張らせる要因だ。
 ただ、それは他の観光地も一緒なのかもしれない。住めば都。声を大にして言いたい。それは全くの真逆だ。
 電車を乗り継ぎ、一番近い『街』と言える場所まで四人で来た。都会と定義するにはいささか規模に欠けるが、どうせ夕方までだらだら過ごすだけだろう。

「わーっ、久しぶりに来た! 何か色々と変わってるね!」

 今日も眩いばかりの注目を浴びる秋永さんを、まるで犬のリードを引くように止める田上さん。

「まず何するか決めようよー」

「おっと、それもそうだ。じゃ、何したい?」

「私はやっぱりカラオケとか行きたいなぁ。奏汰とおとうとくんは?」

 二人の視線が向く。

「あー、カラオケね……」

 奏汰がちらっと僕を見る。そっか、カラオケなんて行く機会が無いから、自分が音痴なことを忘れていた。

「僕、歌うの苦手なんだ」

 奏汰がそっと息を吐いたのを見て見ぬふりした。

「そっか。まあ、私は何でもいいんだけどね」

 (しき)りに前髪を直す田上さんの意識は今日も奏汰に向きっぱなしだ。当の奏汰は気づいていなそうだけど。
 つまり、僕と秋永さんはダシに使われたわけだ。奏汰一人を誘っても断られるだろうから、複数人それもなるべく奏汰が来そうな面子を選んだ。そうでなければ、秋永さんはともかく、僕が誘われることなどありえない。

 ひとまず、ファミレスで今後の行き先を決めることになった。当たり前のように僕の隣に座る奏汰。田上さんにちょっとだけ恨めしそうに見られた。

「それにしてもほんと顔そっくりだね。黙ってたらどっちがどっちか分かんないや」

「あー人生で何度も聞いた言葉だ。双子なんだから当たり前だろ」

「性格は全然違うのにね。胸に張り紙でもしておいて欲しい」

「それ本当に分かりみしかない!」

 田上さんの言葉に秋永さんが大きく頷く。

 基本的には何人になろうと僕の立ち位置は変わらない。誰かに話を振られるまでは口を挟まないし、気を遣われたらいち早く察して自分から話す。奏汰は僕のことをよく分かっているから、その分よくしゃべってくれるし、田上さんはもはや僕のことは眼中にない。今日、僕が気にしなければいけないのは秋永さんだけだ。
 不意に彼女の視線が僕に向いた。一瞬、心の中で身構えるも目は合わない。どうやら僕を見たわけではなさそうだ。僕の後ろに席なんかなく、ただ白塗りの壁があるだけだから、それもおかしな話だけど。だって、僕の顔を見たのなら目が合うはずだ。それなのに、彼女の瞳には僕の鏡像は映っていない。

「はぁー、クリスマスも正月も彼氏と過ごしてみたかったなあ」

 行き先を決めるはずの話は見事に脇道に逸れ、やはりと言うべきか田上さん主導で恋愛トークへと向かっていた。

「ここら辺じゃ、クリスマスに行くようなところもないでしょ」

「もー、奏汰は分かってないなあ。どうせ冬休みなんだから、一緒に旅行とか行ってさ、イルミネーション見たり、初日の出見たり色々あるでしょ。ねっ、音子もそう思うでしょ?」

 秋永さんは念入りに冷ましていた紅茶を一口、口に運ぶ。

「ん? 私はおうちデート派」

「それもめっーちゃ分かる! いいよね! 一人暮らしの相手の家でだらだら映画とか観るの!」

「たがみっち、それって何でもいいってことじゃん。ははっ、ウケる」

 奏汰の一言に田上さんはやけに嬉しそうな表情を見せる。しかし、それに気が付いているのはどうやら僕だけのようだ。

「それなのに、結局今年も家族と過ごしたんだよ? マジあり得ない。JK最後の一年だってのに!」

「栗原くんとか誘ったら絶対に来るんじゃない?」

「あ、それはそう。あいつも彼女欲しがってたぞ?」

「いや、二人ともマジで言ってるの? 栗原だよ? いがぐりだよ?」

 何か栗原が可哀そうになってきた。でも、彼はそういうポジションの存在で、彼自身もそれを受け入れているように見えるから、むしろいいのか。そんな訳の分からない妄想にふける。

「みんなは恋人欲しくないの?」

 田上さんの言葉に一気に現実へと戻された。

「えー、俺はめんどいからいらね」

「私はびびっと来る人がいればやぶさかでもないかもね。まあ、そんな人いないんだけど」

「えー、何それ。音子ならすぐに彼氏出来るのに、もったいない!」

「私はいいの。それより、奏弟くんは?」

 結局、僕の番は回ってこないものだと思ってたのに、秋永さんがしれっと僕に向きを変える。

「……僕も別に欲しいとは思わないかな」

「ふーん、何かみんなしけてんね。でもさ、好みくらいはあるでしょ?」

「俺は特になーし。そもそも考えたこともない」

 空になったコップをくるくると回す奏汰。これを見て、退屈だと分かるのは僕だけだろう。

「僕も同じく」

「そりゃ、そう。俺らは双子だから、好きなやつも一緒のはず。俺らが恋したのは唯一、幼稚園のあやか先生だけだもんな」

「いや、僕別に好きじゃなかったけど……」

「嘘だろっ!? こんなところで双子に差が出るなんて……」

 奏汰がドリンクバーを取りに席を立つ。つられて僕もほとんど無意識についていく。流石に三人にされるのはごめんだ。

「音子は?」

 去り際に二人の会話が聞こえた。

「んー? 私はねえ、私の全部を受け入れてくれる人かな」

「うっわぁ~、おもっ」

 盗み見た秋永さんの表情は冗談を言った風には見えなかった。重い、軽い、そんな話ではないんじゃないかな。漠然と、そんなことを思ってすぐに頭の隅に追いやった。


 ファミレスを出た後、僕らは近くで開催しているリアル脱出ゲームへと向かった。二人一組になって閉ざされた密室でクイズや謎解きをして、脱出を目指すという内容らしい。
 流石は日曜日というべきか、整理券を渡され、それまでは女子二人の買い物に付き合わされることになった。
 僕が退屈に感じるということは、隣で陽気に田上さんと話す奏汰も同じなわけで、やっぱりこそっと僕を見る。

「あー、えと……僕、次の美術で使う筆買ってきていいかな?」

「俺もこの前、調子乗って筆折っちゃったんだった。つーわけで、ちょっと買ってくるわ」

 渡りに船と言わんばかりに奏汰が食いつく。というか、奏汰のために船を出したのだから、乗船してもらわなきゃ困る。
 二件ある雑貨屋の遠くの方へと向かう。

「助かった。そろそろ疲れてきたところだったから」

「別に。筆を新調しなきゃいけなかったのは本当だし」

「そっか。でも、とりあえずこれで時間潰せるかな」

「……うん」

 結局、脱出ゲームの整理券時間ぎりぎりまで雑貨屋に居座り、戻ることにした。

「もーどこまで行ってたの? 時間ジャストとか他の女子にしちゃ駄目だかんね?」

「待ち合わせじゃないんだから。ほら呼ばれてる。いこーぜ」

 入場口はニ叉路で、二組計四人が同時に入れる仕組みになっていた。すっと横に奏汰が移動してくる。

「あ、ちょいちょい。そうじゃないでしょ」

 田上さんが慌てて止める。当たり前だ。この脱出ゲームを提案したのは田上さんだ。きっと事前に色々とプランを練ってきていたのだろう。

「奏汰もおとうとくんも頭良いでしょ。私たち、二人とも馬鹿。つまりさ、」

「たがみっちひどーい。私、サスペンスドラマとかよく見るのに」

 秋永さんの的外れな抵抗はもちろん田上さんには届かず、結局奏汰と田上さん、僕と秋永さんで入場することになった。
 ここまでする田上さんに、流石の二人も気が付いたようだ。奏汰が田上さんに見えないように重く息をついたのを僕は見逃さなかった。しかし、こうなってしまっては、僕は奏汰の手助けは出来ない。それにここから先は二人の問題だ。僕は別に田上さんの邪魔をしたいわけじゃないのだから。
 そんなことより、僕は自分のことで精いっぱいだった。

「なるほど……奏弟くんは気が付いた?」

「まあ、最初から」

 平常心、装えているだろうか。

「最初っていつなのさ。もしかして、今日ずっと?」

「最初にそうかなって思ったのは二か月前。確信したのは二週間前くらいかな」

「えっ!? そんな前からだったの? 全然気づかなかった……」

 やけに凝った装飾の一本道を進むと、一室にたどり着く。中には探偵の服装をしたキャストがいて、ルール説明を受けた。脱出率は十五パーセントらしい。約七組に一組の割合だ。
 結果から言うと、僕と秋永さんは時間をかなり余して脱出に成功した。そうは言っても僕はあまり役に立っていない。ほとんど秋永さんが謎を解いてしまった。
 キャストの人曰く、ここまで早いのは珍しいらしい。

「いやー、難しかったね」

「ほとんど秋永さんが解いてたじゃん。すごいよ、僕は全然分からなかったのに」

「ふふん、勉強が出来なくても、閃きはピカイチだったね。自分でも知らなかった」

 得意げに語る彼女を視界に収めつつ、奏汰と田上さんを探す。どうやらまだ出て来てはいないみたいだった。

「まだかかりそうだし、どっか入って待とうか」

「……うん」

 奏汰に連絡を送っておいて、近くの喫茶店に入る。陽の傾き始めた時間帯ということもあって、思ったよりも空いていた。

「私、紅茶のホット。奏弟くんは?」

「えっと、同じやつで」

「おーけー。あっ、チーズケーキも食べちゃお」

 注文を済ませ、店員が離れると必然と沈黙が訪れる。それまで気に留めなかった店内を流れるクラシックがやけに耳に滞留した。

「なんか、ごめんね。今日来てもらっちゃって。こういうの苦手でしょ?」

「いや、秋永さんが謝ることじゃないでしょ」

「たがみっちは友達だから、一応ね」

 彼女は容姿だけじゃなく、中身まで優れているのかと思わざるおえない。友達のために謝るって軽い感じでも中々出来ることじゃない。

「どうせ家に居てもやることなかったし、画材も買えたから」

 なんてつまらない会話だろうか。自分から話題を振ることも出来ない、返答も面白くない。これが奏汰ならば、きっと退屈させない話題を提供出来ていたのだろう。頭の中で妄想を広げ、諦める。僕には出来ないことだ。

「奏弟くんって口堅い?」

「堅いというか、柔らかくする相手がそもそもいない」

「じゃ、いっか。実は私も今日来るの結構めんどくさかったんだ」

 秋永さんは笑いながら言った。彼女はアクティブな人間だと思っていたから、すごく意外だった。

「でもさ、先週は用事あるって断っちゃったから、今日は行かないとって。こういうの、空気読みみたいなもんじゃん?」

 急に彼女に妙な親近感が湧いてくる。てっきり、彼女は二割側だと思っていたから、空気を読むなんて無縁のことだと思っていた。
 結局、二割の人たちも色々と考えてポジション取りをしているということだろうか。

「あんまりみんなで遊びに行くとか、そういうの得意じゃないんだよね。ボロが出そうになる」

「ボロって?」

 彼女はティーカップを口元に添えて、「あっ……」と声を漏らす。

「音痴だったり、映画黙って観てられない……とか?」

「なんで疑問形……」

「と、とにかく、大人数でどっか行くのはあんまり好きじゃないの」

 腑に落ちない理由だったけれど、秋永さんとはそれを言及するだけの関係ではないから、素直に相槌を打っておいた。

「それにしても恋人かあ。みんなそういうの好きだよね」

「もう高三だからね。最後に青春したいんじゃないかな」

「まあ、そうだよね。大学生ってなんだか大人なイメージだし。恋愛だって、ちょっと泥臭くなりそう」

 彼女の言わんとしていることは分かる。近くに大学が無いから、僕らの大学生のイメージは少しずれているのかもしれない。しかし、大学生が大人に感じるのは全くの同意だ。
 早くなりたいような、もったいないような。大人になったら、その先はずっと大人のままだ。子供に戻ることは出来ない。

「でも、中学生の頃って高校生が大人とまでは言わないけれど、すごく遠い存在というか、自分たちとは全くの別物に感じなかった?」

「それ分かるかも! こんな風になる自分が想像出来なかったし」

 やっぱり、みんな考えることは同じなんだろうか。
 ないものねだりとはちょっと違う。高一の時に高三の自分は想像は出来るくせに、高三の今、大学生になった時の自分を想像出来ない。環境が変わり、それによって自分もがらりと変わってしまう気がして、でもどんな風に変化を遂げるのか分からない。

 妄想してみる。私服でキャンパスの門をくぐり、自分で選んだ講義を受ける。関わらざるおえない箱庭のような人間関係は無くて、全てが自分次第。きっと、一人暮らしになるだろうから、帰ったら自分で家事をして、多分アルバイトとかもするのだろう。億劫な歴史だとか、使いもしない数学なんてやらず、とにかく自分の興味のある分野だけ勉強する。
 その全てがのっぺらぼうで、まるで自分に置き換えることが出来ない。たった一年後にそんな風に自分がなっているなんて想像もつかなかった。ましてや、進学せずに働いている姿はもはや妄想すらできない。知りえないことは、頭の中で思い浮かべることが出来ないのだから。
 
 眼前の彼女も同じように頭の中で映像を流しているのだろうか。ティーカップの中身をじっと見つめ、黙している。
 不意に、彼女が言葉を零す。

「怖いね……」

「えっ?」

 僕の小さな反応に、はっとした表情で顔を上げる彼女。

「今の声に出てた?」

 頷くしかなかった。

「気にしないで」

 彼女は一言、そう呟いた。
 多分、またボロが出たというやつなんだろう。