週二回の部活は、火曜と木曜。
 火曜日にあの話し合いをして、翌日の水曜はずっとみんなの意見のことを考えていた。そして今日の木曜日。私はようやく自分の意見をまとめることができた。

 きっと緊張してうまく喋れないと思い、ノートに伝えたいことを書き留めた。私はそれを握り締めて立ち上がる。天文部の部員全員とヒスイ先生の視線が、一斉に私を見た。

「み、みんなの意見を聞いて……それをまとめた私の提案を、き、聞いて下さい」

 舞衣ちゃんが小さな声で、「頑張れー」とつぶやくのが聞こえた。そっとヒスイ先生を見ると、私を見つめ力強くうなずいてくれる。
 そんな二人に応えるように私もうなずいてから、全体へ向けて話し始めた。

「私はみんなに、天体カフェを提案します」

 舞衣ちゃんが希望したダンボールを使ったプラネタリウムを作るには、ダンボールをドーム型に切り貼りして、それなりの大きさの半円を作る作業から始まる。それには力のいる作業もあり、男性の力が必要となる部分が多く、相当な事前準備も必要となることが色々と検索していて分かった。

 これでは、二年生とり部員の「事前準備に時間をかけたくない」という意見が、全く叶っていないことになる。そして一年生とり部員の「カフェがしたい」という意見も反映されていない。

「なので……私は、簡単に飲み物だけを提供する、プラネタリウム風の天体カフェなら、みんなの意見が少しずつ合わさったものになるんじゃないかと思って」

 例えば、厚めのカーテンで日差しを遮り、教室の電気は付けずに間接照明を使用する。

「ダンボール箱に星型や月型の穴を開けて、中に懐中電灯を入れた間接照明を作れば、その光でプラネタリウムの雰囲気が出せると思うの。穴の位置に色付きセロハンを貼ると、青い星の光や、黄色い月明かりの照明になる。それから……外側のダンボールも色を塗れば、可愛くなるんじゃないかと思います」

 ダンボールの色塗りや型抜きだけなら力のいる作業はないので、一日あれば準備が完了するので、事前準備の負担も少ない。

「メニューをいくつかの種類のジュースだけに限定したら、調理の手間もなく、当日も楽に出せるし、例えば……小さな紙パックジュースにしたら、衛生面でも安心で火も使わないから危ないことも無い」

 面倒な準備を省き、当日も最小限の負担で、カフェをすることができる。

 誰かの意見一つに決めるのではなく、それぞれが半歩ずつ歩み寄れば……。みんなの意見を、合わせることができる。

 前回の話し合いの時から、そんな風に思っていた。互いに一歩、距離を詰めるのはしんどくても、半歩ならできるような気がして、その中間地点をずっと考え続けていた。

 諦めそうになるたびに、ヒスイ先生の言葉が私に勇気をくれたのだ。

『何もせずに案がでないのと、考えたけど案が浮かばなかったのは、全然違う状況だよ。部長として自分ができることをやり切ったなら、自分で自分に納得できると思う。そしたら、うまくいかなかった経験でさえ、君の中の自信になる』

 変わりたいと願った。
 勇気がなかった私を変えてくれたのはヒスイ先生がくれた言葉だ。

「私は……ここにいる全員が、天文部の仲間だと思うから……。だからみんなで、納得してできることがしたいって……そう、思いました」

 自分の考えを全部話し終えて、私はノートをギュッと握り締めてみんなの反応を待つ。
 始めに舞衣ちゃんが、大きな拍手をくれた。そして次々と、拍手が増えていく。

「超いいじゃん! 澪、すごいよ。天体カフェ、大賛成〜!」

 舞衣ちゃんが手をあげる。
 星好きな一年生三人も、「賛成です! 部長、すごくいいです!」と手を挙げた。
 カフェが希望だった一年生とり部員二人も、「私たちも、賛成」と続いて手を挙げる。

「僕も、賛成」

 二年生とり部員の佐藤くんも、手を挙げてくれた。
 私は、同じく二年生とり部員の芝野さんを見つめる。

「ど、どうかな?」

 恐る恐る問い掛けると、彼女は私から目を逸らして一度そっぽを向いてから、小さな声でつぶやいた。

「私も、それなら事前準備も大変じゃないし。…………賛成」

 ゆっくりと、芝野さんの手があげられていく。
 今まで、一度も意見の合わなかった天文部の意見が、初めて全員一致となった瞬間に心が震えた。

「澪! やったねー!」

 舞衣ちゃんが私に抱きついてきて、私は少しよろめいてしまう。
 嬉しさと、安堵と、いろんな感情が混ざり合って、私は思わず泣いてしまった。

『君の中の自信になる』

 ヒスイ先生の言葉通り、今日の勇気が、今日の決意が、これからの私にとっての大きな大きな自信になる。

「良い提案だったね。奥井さん、一緒に村岡先生に希望を伝えに行こうか」
「は、はい!」

 私は涙を拭いて、ヒスイ先生の元へと駆け寄る。

「では、今日の部活はこれで終了にします」
「澪〜。今日は待たずに先に帰るねー。ヒスイ様〜、澪をよろしくお願いしまーす」

 舞衣ちゃんはそう言って、ヒラヒラと手を振り帰っていった。

「ヒスイ様って呼ぶの、やめて欲しいんだけどな」

 困ったように、ヒスイ先生が苦笑している。その姿を見て、私は思わず笑ってしまった。

「良い顔だな」
「え?」
「俺を笑った、その表情だよ」

 ヒスイ先生の指先が、そっと私の頬に触れる。そして、先程少し泣いてしまった涙の雫を優しく拭ってくれた。

 瞬間、顔がカッと熱くなり、ドキドキが止まらなくなる。

  ヒスイ先生の言葉を、声を、そして温もりを、感じるたびに鼓動が高鳴る。
 苦しくて、切なくて、けれど甘い音色を奏でるそれは……。きっと、恋なのだと思った。

 私は、あなたが好きです。

 心の奥底で響く声の主が誰なのかはまだ分からないけれど、何の根拠もなく、何の理由もなく、きっとその人はヒスイ先生なのではないかと思えた。