お昼休みの屋上で、私は舞衣ちゃんと香織先輩と一緒にお弁当を食べていた。

「澪、知ってる?」
「何を?」

 舞衣ちゃんの問い掛けに私は首を傾げる。

「来週から二週間、私達の学年に教育実習で大学生が教えにくるんだって!」
「そうなんだ。どんな人が来るんだろうね?」
「格好いい人いるといいなぁ〜」

 舞衣ちゃんが鼻歌を歌いながら、上機嫌にお弁当のウインナーを頬張っている。

「三年生には来ないんですか?」

 私は香織先輩を見た。

「受験生だしね。そこで実習はしないんじゃないかな」
「なるほど」

 うなずく私の横で、舞衣ちゃんの鼻歌がボリュームを増している。

「舞衣ちゃん、浮かれてるね」
「だって私のタイプは断然、年上だもん! 教育実習で来た先生と付き合うとか、出会いエピソードが超エモくない?」
「うん、確かに」
「でしょ〜? 澪と香織先輩は、どんな人がタイプなんですか? 私たち全員彼氏いない組ですよ。私はそろそろ彼氏欲しいな〜。ね、澪はどんな人がいいの?」

 どんな人……。
 そう考えた瞬間、なぜか私の鼓動が大きく跳ねた。驚いて、思わず左胸に手をあてる。

「澪? どうしたの?」
「あ、ううん……なんでもないよ。私も、年上がいいかな」
「やっぱり? じゃあ他には?」
「えっと……。背が、高い人とか」
「わかるー。上目遣いで見上げたいよねぇー」

 私の言葉に大きくうなずいた舞衣ちゃんが、更に問いを重ねてくる。

「他には?」
「他には……」

 大きくなった胸の鼓動に共鳴するように、なぜか私の口からは自分でも驚くほどスラスラと言葉が出てきた。

「少し強引で……でも物凄く優しくて……いつも黒色の服ばっかり着ている。プリンとコーヒーがお気に入りの……」
「ちょ、ちょっと澪!」
「え?」
「それってもう具体的に誰かを思い浮かべて喋ってるでしょ! いつの間に好きな人できたのよ。 誰よー。教えなさい!」

 舞衣ちゃんの指摘通り、私の言葉はまるで誰かを思いながら特徴を並べたようだった。
 けれど、私の記憶にそんな相手はいない。

 何これ? なんで?
 年上や高身長などは、ごく一般的な意見だと言える。けれど、その後に続いた黒色の服やコーヒーにプリンはあまりにも具体的だった。

「でも、私まだ好きな人とかいないから!」

 焦って返事をしたけれど、何かが心に引っ掛かる。もしかするとこれは、心の奥底で響いた声の相手なのかもしれない。今なら思い出せるだろうかと必死に記憶をたどったけれど、思考の中の濃い霧が晴れることはなく不透明なままだった。

 それにずっと、心に少しの痛みがある。まるで目に見えない小さな棘が胸の奥に刺さったままになっているような、そんな小さな痛み。

「ちょっと澪! そんなこと言って隠すつもりでしょ? 白状しなさい!」
「ほ、本当だよ。私、舞衣ちゃんに嘘なんかつかないよ!」
「香織先輩も、澪の好きな相手が誰なのか、気になりますよねー?」

 舞衣ちゃんが香織先輩に話を振る。
 その言葉を聞いた香織先輩は、何か不思議そうに首を傾げた。

「あれ? 私、以前どこかで澪から好きな人ができたって言われた事があるような……。でも、そんな大事なこと忘れる訳ないし。やっぱり、勘違いかな?」

 そんな香織先輩の言葉に、舞衣ちゃんも何か考え込むような表情を浮かべる。

「確かに、そう言われてみたら……。私も澪に、好きな人ができたって言われたような気がする。だけど絶対にそれを忘れる訳ないし。夢?」

 三人で、不思議な状況に顔を見合わせる。
 私は自分の知らないうちに誰かを好きになって、知らないうちに忘れてしまったのだろうか。
 そんな事……ある訳がない。

「や、やだなぁ。香織先輩も舞衣ちゃんも、そんなこと言わないで下さいよ! さすがに私でも、好きな人ができてその人のこと忘れたりしませんよ」
「そうよね。そんなこと、ある訳ないわね」
「確かに、澪でもさすがにそれはない!」

 不思議な思いを残したまま、私たち三人はとりあえず納得することにした。

「じゃあ、話をイケメン教育実習生に戻して、どんなイケメンだろうね〜」

 舞衣ちゃんの仕切り直した言葉に、私と香織先輩が同時に突っ込む。

「なんでもう、イケメン確定なの」
「言霊ですよ、言霊! こういうのは言ったもん勝ちなんです」

 そんな舞衣ちゃんの言葉に、今度は三人で視線を合わせて笑い合った。

「言霊の他に、更なるイケメン引き寄せをするには、どうすればいいかな? 澪も一緒に考えてよ」
「え?」

 そんなことを言われても……。
 彼氏いない歴が年齢の私には難しい質問だ。けれど親友からの問いにはしっかり答えたい。よく真面目過ぎだと笑われる事があるけれど、私はイケメンを引き寄せる方法を真剣に考え、思いついた考えをそのまま口にした。

「イケメンの祈りを捧げるのはどうかな?」
「ちょっ、なにそれ?」
「さっきの歴史の授業で、昔から雨を降らせたい時は雨乞いをするって言ってたから。イケメンを引き寄せたい時は、イケメン乞いすれば神様に届くのかと思って……」

 私の意見に、舞衣ちゃんが吹き出す。

「ふははっ! もう、澪! イケメン乞いって何すんのよ。しかも歴史の授業に出てきた『雨乞い』を例えにするとか、本当にあんたは真面目系天然ちゃんなんだから! ウケる!」
「澪らしい答えね」

 大笑いする舞衣ちゃんと、冷静に言葉を挟む香織先輩。対照的な二人のリアクションが、いつも通りで安心する。

「舞衣ちゃんは、笑い過ぎだよ」
「澪のせいだもん」

 屋上に爽やかな秋風が吹き付け、私たちの髪を揺らす。

 教育実習生か。
 先生を志している人は、どんな人なのだろう。

 そんな事を考えてから、私はお弁当の卵焼きを頬張ったのだった。