書いては消し、書いては消しを繰り返したのか、長い文章を書いた跡が薄っすらと残り、最終的にその一文だけが手紙に綴られている。迷って、悩んで、必死に伝えようとしてくれたその想いに涙が止まらなくなる。

「……うっ……」

 天使がその感情を持つ時、それは、天界の禁を犯す罪となる。

 分かってる!

 天使がその感情を認めた時、それは、天界を堕ちる堕天使となる。

「分かってんだよっ」

 だから閉じ込めた。
 心から、あふれ出てしまわないように。

 けれど本当にしなければいけなかったのは、想いを閉じ込めることなんかでは無かった。
 伝えなくてはいけなかった。
 消えてなくなる恋であっても、それでも伝える事に意味があるのだと、それを教えてくれたのは澪の真っ直ぐなこの想いだ。

「俺は……なにやってんだよっ……」

 その時、澪の手紙の文字が一文字ずつ消えはじめた。

 天使にまつわる記憶は、何一つ残してはならない。
 その対象者が何かを書き残しても、動画を残しても、対象者の記憶消去と同時に、それらは消滅するようになっている。
 俺宛のこの手紙も、天使にまつわる記憶の重大な証拠だ。決して、何かを残すことは許されない。

『好きです。それだけです』
『好きです。それだけで 』

 澪がくれた大切な想いが、最後に残してくれた真っ直ぐな想いのカケラが、静かに消え去っていく。

『好きです。そ     』

 一文字、一文字。
 確かにあった恋が消えていく。

「誰か、頼むから……!」

 時間を、止めて下さい。
 そんな俺の祈りを嘲笑うかのように、それでも文字は、消え続けた。

『好きで        』

「やめろ! ……頼むからっ……これだけは、お願いします! 頼むっ、……頼む」

 誰にでもなく叫んだ声が虚しく響いて、握り締めているそのホワイトブルーの便箋から、最後の一文字が消滅していく。



『好き         』


『好          』


『           』



 そして、もう何も記されていない便箋が、俺の手のひらからゆっくりと滑り落ちていったのだった。