今週の日曜日、サヨナラのためのデートをする。
それでも、悲しいだけの恋で終わりになどしたくない。だから、私は絶対に泣かないと決めた。大好きというこの想いを、せめてちゃんと伝える事ができるように……。
ずっと大切にしている、この世にたった一つしかないレターセットに想いを綴ろうと思った。
それは、小学生の頃に行った文具メーカーの工場見学で作らせてもらったレターセット。
カラーコードと呼ばれる沢山の色の一覧表の中から、好きな色を選ばせてもらえた。
白の中に一滴だけ紺色を混ぜたような、極めて明度の高いホワイトブルー。冬の夜空に燦然と輝く、シリウスの光と同じ色だ。
その封筒と便箋の左下には、工場見学に行った当日の日付が印字されている。この世にたった一つしかない思い出のレターセットだった。
『いつか大好きな人へのラブレターに使って下さいね』
工場を案内してくれた女性がそう言って微笑みながら手渡してくれた。
けれど、それからずっと私にラブレターを書く機会はなく、勉強机の上にクリアフォルダーに入れて飾っていた。
それを部屋で目にしたヒスイさんが、「綺麗な色だな」とつぶやくのを聞いて、その時このレターセットにヒスイさんへの想いを綴ろうと決めたのだ。
ヒスイさん、私……。
「あなたが好きです」
小さく小さくつぶやいてから、私はコーヒーのおかわりを入れる為にキッチンへ向かった。
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デート前日の土曜日。
舞衣ちゃんに付き合ってもらい、デートの服を探しにショップへ来ていた。香織先輩は受験勉強で忙しくしている。
「澪、どんな感じのがいい?」
「ワンピースにしたいなって思ってて」
「うんうん」
「青系が好きだから、色はそれがいいなって」
「分かった! 青系ワンピース、いいの見つけるよ〜!」
舞衣ちゃんと私はワンピースが置かれているコーナーへ駆け寄る。
可愛いものが沢山あったけれど、手持ちのお小遣いをオーバーしていて断念した。次のショップへと私達は移動する。お店を梯子して、ワンピースをチェックして行った。
「大丈夫! 絶対、超理想のワンピースが、理想のお値段で見つかるから!」
「うん! 絶対、見つける!」
「よし、澪! 次、次〜」
駆け込んだ五件目のショップで、ホワイトブルーのワンピースを見つけて私は声を上げた。
「舞衣ちゃん! この色、私が一番好きな色なの。サイズもこれでいけそう」
「お値段は?」
裏返っている値札を、二人で恐る恐るひっくり返す。
「大丈夫!」
「やったー」
「あ! でも、服代で全部無くなっちゃうから、帰りの電車賃とお茶するお金が残らない」
「電車賃とお茶代は、私が澪の分も出せる!」
「月曜に学校で返すね! ありがとう、舞衣ちゃん!」
どうにか予算の目処がつき、店員さんに声を掛けて試着させてもらうことにした。
「舞衣ちゃん、どうかな?」
「澪、すっごくいいよ! 似合う!」
「本当?」
自信なく問いかけた私に、舞衣ちゃんが満面の笑顔で「超いい!」と拍手してくれた。
その後二人でハンバーガーショップへ来て、ジュースを飲む。友達にお金を借りなければいけない程お小遣いを使い果たすのは初めてだった。
「舞衣ちゃん、ありがとう」
「澪にピッタリのが見つかってよかったね〜」
買ったばかりのショップの紙袋を舞衣ちゃんが指差す。
「舞衣ちゃんのお陰だよ」
「澪が自分で見つけた勝負服だよ! そうだ。コンタクトにした澪を見て、その人はどんな反応だったの?」
舞衣ちゃんの問い掛けに、私は照れながら答える。
「眼鏡も似合ってたけど、俺はそっちの方が好きだよって言ってくれた」
「キャー! ちょっと、その返事百点すぎる〜! ちゃんと今までもいいと認めた上で、今の方が好きって褒めるとか、マジで百点満点超えてるじゃん」
「うん! すっごく嬉しかった」
「明日は、しっかり好きって気持ちだけでも伝えるんだよ。どんな人なのか、分かんないけどさ」
本当は、初めて好きになった人の話を親友にしたかった。
もっとちゃんと、どんな人なのか伝えたかった。
舞衣ちゃんと香織先輩に、聞いて欲しかった。
背の高い人で、黒色の服ばかり着ていて、強引なところもあるけど、とても優しい。
そんな人なのだと話したかった。
ごめんね、舞衣ちゃん。
でも、残り一日。
明日のデートは、自分にできる精一杯の恋をする。
全力で、黒天使にこの初恋を捧げるから……。
「明日、頑張ってくるね!」
私が笑うと、舞衣ちゃんがギュッとハグをしてくれた。