「澪、大事な話がある」
無理やり絞り出したような、ひどく辛そうな声だった。
「期限が、もうあと少ししかないんだ」
その言葉で、記憶消去の事だと私はすぐにわかった。一瞬で、顔がこわばっていく。
「俺の力じゃ、これ以上期間を引き延ばせなくて……。ごめん」
その言葉から察する。恐らくヒスイさんはずっと、私の為に上司に期限の交渉をしてくれていたのだろう。
「前にも話したけど、俺がそれをしなくても、必ず他の誰かが澪の中にある天使の記憶を消しにくる。だから…………それなら俺に、俺に消させてくれないか?」
祈りのような、声だった。
あまりにも切ない言葉の響きに、涙が溢れそうになり、私はヒスイさんから視線を逸らして打ち上げ花火を見る。
記憶を消される事。
それが絶対に回避できない事なのだとしたら……。それは他の誰かではなく、ヒスイさんがいい。
出会ってから今までの間に、無理やりそれをしようと思えばいつだってできたばずだ。それでもヒスイさんは、そ絶対にそうしなかった。
私の気持ちに寄り添って、今も、頭を下げて謝ってくれた。
それに、私はもう……。
『澪。俺のこと、少しは好きになった?』
少しなんかじゃない。
ヒスイさんの事で頭がいっぱいになるくらい。
私はもう、あなたが好きです。
少しずつ潤んでいく視界の先で、花火がまた大きな音を響かせ夜空に花を咲かせる。
美しい大輪の花火が、咲いては消え、また咲いて、そして跡形もなく夜空から消え去っていく。
忘れられない恋をした。
けれどこの想いは、消えてなくなる事が定められている。この、一瞬で散る花火のように……。
私はギュッと手のひらを握り締めて、精一杯の笑顔を作る。
「分かりました。でも、まだあと少し期間があるんですよね?」
「ああ。次の満月までだからまだ少し」
「お願いがあります。最後にもう一度、私とデートしてもらえませんか?」
今はまだ混乱して、心の準備も何もできていない。自覚したばかりのこの恋心を失う、その覚悟を持つ時間が欲しかった。
それに……。
「今度は今日みたいな制服のままじゃなくて、ちゃんとオシャレをして、ヒスイさんとデートがしたいです」
ヒスイさんは少し驚いたように目を見開いた後、照れたようにそっぽを向いた。
けれどすぐに視線を私に戻して、真っ直ぐにこちらを見つめる。
「おう。最高のデートプラン、考えないとな」
クシャリと目を細めた彼の柔らかい笑顔に、胸がどうしようもなく高鳴ってしまう。
恋をした。
少し強引だけど優しい、真っ黒の服をきた天使に。
それでもこの恋は、彼の存在ごと、私の記憶から消えてしまう。そう、分かっているのに……。
恋をした。
初めての、恋をした。
ヒスイさん。
私はあなたに、キスと同時に忘れてしまう恋をしている。