夜。
 携帯のバイブの振動で、私は目を覚ました。アラームではなく音消ししているので、周りを起こさずに自分だけ目覚める事ができた。私は枕元に置いた眼鏡をかけて時間を確認する。
 天候待ちの当番は、芝野さんとペアになっている。
 携帯画面の明るさだけで、雑魚寝している女子部屋の中から私は芝野さんを探す。何度か肩を揺すってみたけれど、結局彼女は起きてくれなかった。

 仕方なく一人で施設の屋上へ向かう。夜に天体観測をする私達の為に、施設の廊下や階段はずっと電気がついている。屋上に出ると、一人で当番をしている香織先輩がいた。

「交代の時間です。香織先輩も、一人だったんですか?」
「うん。澪もやっぱり一人か。そうなるだろうなと思ってたよ」

 とり部員同士でペアにすると、どちらも起きて来ず、その時に晴れ間があっても気付かず見逃がしてしまう事になる。
 この状況を見越して、ペアは星好き部員と、とり部員がペアになるように振り分けられていた。

「去年もそうでしたね」
「顧問は無責任に『部員同士でうまくやれよ〜』としか言わないし。私も残って一緒に当番しようか?」
「一人で大丈夫です。香織先輩も、ちゃんと寝て下さい」
「これで引退だし、雲が切れて欲しいんだけどな」
「少しでも星が見えそうだったら、すぐに呼びに行きますね」

 私の言葉に、香織先輩が笑顔でうなずいた。
 そして、椅子から立ち上がる。

「そうだ。澪、私ね。次の部長は、澪に引き継ぎたいって考えてるの」
「え?」

 先輩と入れ替わるように椅子に腰掛けた私は、驚いて香織先輩を見上げた。

「わ、わたし? 無理ですよ! 舞衣ちゃんの方が適任です」
「確かに澪は、引っ込み思案で自分の意見をあまり言わないけど、でも純粋に星が好きなのは澪でしょ。だから私は、澪に引き継げたらいいなって思うんだ。舞衣にはね、実はもう先に相談済みなの」
「そうなんですか?」
「舞衣は天文というより星占い好きでしょ。でも澪は星の色や明度、星座に関わるギリシャ神話まで好きな数少ない星オタク仲間だから」

 そう言って香織先輩が微笑む。

「それにね。澪なら、案外うまいことできるような気がしてる」
「うまいこと?」
「私達と、とり部員の深い溝。ちゃんと、間をとりもてるような気がする」
「わ、私にできるわけありません!」
「勿論、無理にとは言わないからね。一度、考えるだけは考えてみて」

 香織先輩が施設内へ戻って行った後の屋上で、私は一人呆然とする。
 部長なんて、絶対に務まる訳がない。確かに星は好きだけれど、私は部長としてのリーダーシップ能力がゼロどころかマイナスだと思っている。

「どうしよう……無理だよ」

 どんより暗い夜空から視線を足元に向ける。普段から、困るとすぐにうつむいてしまう癖があった。
 ひんやりとした夜風が吹き付け、肌寒さを感じて自分の手で体を抱き締める。六月下旬。初夏とはいえ、高原の屋上は風が強く冷えるのに上着を羽織ってくるのを忘れてしまった。

『部長を、澪に引き継ぎたいと思ってる』

 不安ばかりが押し寄せてくる思考の中で、屋上に一際強い風が吹き付け、私は体を小さくして耐える。
 その時不意に、頭上から声が響いて温かな何かが私の体を包み込んだ。

「澪、寒そうだな」

 声と同時に、真後ろからすっぽりと体を抱きすくめるように腕が回される。驚いて振り向くと、すぐ側にヒスイさんの顔があった。

「ヒスイさん!」
「一緒に星見るって約束したから、ここまで会いに来た。もう、寒くないか?」

 ヒスイさんとの近過ぎる距離に、私は寒さが一気に吹っ飛んでしまうくらいドキドキしていた。