「……」
私は、ある教室の前に立っていた。腕時計を確認すると、夜23時55分を指していた。
私の通う星ヶ丘大学には一つの噂があった。それは真夜中の0時ちょうど。D305教室の扉を開けると、自分の一番会いたい人に会えるという話。しかし、それには、ある一つのデメリットがあった。
会いたい人に会える代わりに二度と現実世界には戻れないということ。世の中そうそう上手い話はない。
私が最も会いたい人、それは今私が一番ハマっているアニメの男の子。もし、本当にその人に会えるというのなら、現実世界に戻れなくてもいい。
この教室の噂は今年に入ってから広まったので、今までは特に普通の教室だったみたい。今年、大学に入学したばかりの私からしたら願ってもないチャンス。
大学には門らしきものはなく、階段を上がればすぐに大学に入れるくらい簡単な場所。昼間は警備員さんがいるから、その大学に通う学生しか入れないけど流石に夜になると警備員さんも居なくなるから、こうして、いとも簡単に侵入出来るというわけ。
幸い、友人にも恵まれ、毎日楽しい大学ライフを送っている。だが、それだけでは私の心は満足しない。私の本当の幸せ、それは今から会えるかもしれない男の子に会うことだから。一度きりしかない人生なんだから、私の好きに生きたってバチは当たらないはず……。
私が居なくなったら、友人や家族は当然のように心配をする。今日のことだって、親には友人の家に泊まりに行くと言って嘘をついているのだから多少罪悪感はある。だけど、それ以上に彼に会いたくてたまらない。後のことはあとで考えればいい。
実際、噂であってまだ一度も会いたい人に会ったって話は聞いていないから嘘かもしれないし。って、現実世界に戻れないんだから話を聞いたことがなくて当然か。
「0時になった……」
私はゴクリと唾を飲んで、その扉を開けた。
「本当に存在、してたんだ」
この時間だから、鍵が閉まっていてもおかしくない。扉が開いた時点でも驚いたが、それだけじゃない。目の前に広がるのは、あきらかに教室とは違う景色。一面、綺麗な花畑だった。
「わぁ~、綺麗~!」
誰もが一度は見たことのある花も咲いていれば、ほとんどの人が知らないであろう花もあった。
「あれ?」
私はふと疑問に思った。会えるはずの彼がそこにはいない。なんで? どうして? 頭の中がその言葉で埋め尽くされる。
「四つ葉のクローバー……」
私は、しゃがんでクローバーを手にとった。確か四つ葉のクローバーは願いを叶えるだったよね? クローバーの花言葉を思い出しては少し悲しくなった。
そんなとき、
「ずっと君を待ってたんだよ。お姫様」
「……え?」
背中に温かいぬくもりを感じた。それは私が知ってる声。この声は私が毎日のように聞いている。
アニメでは絶対に言わないけれど、私と彼の夢物語を書いた小説で、彼は私のことを親しみを込めて「お姫様」と呼んでいる。あぁ。私だって、ずっと会いたかった。
「暁くん……!」
私は大好きな彼の名前を口にした。このまま後ろから抱きつかれるのも悪くないけど、まずは正面で向き合って……。
やっぱり生で見るとカッコいいなぁ。
ん? あれ? さっき、暁くんはなんて言った? ずっと私を待ってた? え? 理解が追いつかない。私を待ってたって、どういう意味だろう?
「あの、暁くん」
「ん? どうしたの、お姫様」
「うっ」
ずっと会いたいと思っていたけど、実際会ってみるとアニメで見てた時よりもカッコ良すぎて何も言葉が出てこない。目を合わせて話すのが恥ずかしくなった私は俯いた。だって、じっと私を見てくるんだよ? そりゃあ恥ずかしくなるよ。
さらさらな黒髪に吸い込まれそうになるほど綺麗な赤い瞳。身長179センチで、150センチ以下の私からしたらかなり高い。でも、そんな高身長な暁くんが私は好き。
帰宅部だから見た目は細身なのに、よく見るとほどよく鍛え上げられた筋肉がチラリと見える。夏服だから、わかりやすいほどだ。
暁くんは桜星学園に通う高校二年生。って、暁くんの説明ばかりしててどうする私。今はそれよりも……
「暁くん。さっきの、私を待ってたって、どういう意味?」
「あぁ。特に深い意味はないよ。それよりお姫様、散歩でもしない? ここから少し歩いたところに星が綺麗に見えるスポットがあるんだ」
暁くんはそういって、私に手を差し出した。
「う、うん」
差し出された手を握り、私たちは歩き出した。
なんか、あきらかに話を逸らされたよね? まさか、偽物? いやいや、そんなことあるはずがない。
「着いたよ。ねっ、凄く綺麗な所でしょ?」
「ホントだ。凄く綺麗」
「でも、やっぱり……」
「?」
「お姫様のほうが綺麗だな」
「っ……。あ、ありがとう」
暁くんは爽やかな笑顔でそう言い放った。眩しすぎる笑顔、私には勿体ない。
それから、その場所でたわいもない雑談をした。雑談というよりは、私が暁くんが本物か確かめるために一方的に質問責めをしただけなのだが。
暁くんの友人や家族のこと、それから趣味や休日に何をしているか。全てが私の知っている情報と同じで、私は本物だと確信した。だけど、それと同時に二つの違和感を感じ始めていた。
一つは、どうして暁くんは私に家には帰らないの? とか、どうして此処に来たの? って質問をしないこと。
私は暁くんが私に最初に言ったことを思い出していた。思い返して見ると、それはまるで最初から私が此処に来ることを知っていたみたいな口調だった。
「……っ」
ゾクッと寒気がした。なんだろ、ここに長く居たらいけない気がする。でも、現実世界に戻ることはできない。
二つ目の違和感、それは彼があまりにも優しすぎるということ。アニメでは確かに爽やか系男子ではあるのだが、二年生になってからは年上に対して妙に腹黒いところがある。女子に対しては小悪魔的なところも。
「?」
ふと地面に目をやると一冊のノートが落ちていた。そこには、「私と王子様の夢物語」とタイトル付きの……って、これ私の書いた小説!? どうして、こんなところに?
私はすかさず、そのノートを拾った。中身を確認するため、一ページ目を開いた。すると、そこにはこう書かれていた。
ー0時ちょうど、ある教室の扉を開くと会いたい人に会うことが出来る。ただし、現実世界にはもう二度と戻れない。それでも君は俺に会いに来てくれる?
「なに、これ」
私はこんな文章を書いた覚えがなかった。それに、これは私自身に語りかけている文章にも見えた。
「ずっと君を待っていたんだよ、お姫様」
「いやっ、来ないで! 貴方は一体誰なの!?」
「大丈夫。怖くなんかない。さぁ、目を閉じて?」
「っ……」
暁くんがそういうと、私の瞼はみるみるうちに重くなった。凄く眠い。けど、何か見落としてる気がする。
そういえば、一ページ目の最後に何か重要なことが書いてあった気がする。
「おやすみなさい。お姫様」
「すぅ、すぅ……」
私はそこで意識を手放した。
「次に目覚めたときは、君は本当に俺のお姫様だ」
一ページ目の最後にはこう綴られていた。
会いたい人に必ずしも会えるとは限らない
「世の中、そうそう上手い話はないんだよ」
そういって彼は少女を抱え、闇に消えた。
彼は一体何者だったのか?
皆さんも噂話を本気にすると少女のように痛い目を見るかもしれません。
それでも貴方は現実世界を捨てて、星ヶ丘大学のD305教室の扉を開けますか?
もしかしたら、本当に会いたい人に会えるかも……。
end
私は、ある教室の前に立っていた。腕時計を確認すると、夜23時55分を指していた。
私の通う星ヶ丘大学には一つの噂があった。それは真夜中の0時ちょうど。D305教室の扉を開けると、自分の一番会いたい人に会えるという話。しかし、それには、ある一つのデメリットがあった。
会いたい人に会える代わりに二度と現実世界には戻れないということ。世の中そうそう上手い話はない。
私が最も会いたい人、それは今私が一番ハマっているアニメの男の子。もし、本当にその人に会えるというのなら、現実世界に戻れなくてもいい。
この教室の噂は今年に入ってから広まったので、今までは特に普通の教室だったみたい。今年、大学に入学したばかりの私からしたら願ってもないチャンス。
大学には門らしきものはなく、階段を上がればすぐに大学に入れるくらい簡単な場所。昼間は警備員さんがいるから、その大学に通う学生しか入れないけど流石に夜になると警備員さんも居なくなるから、こうして、いとも簡単に侵入出来るというわけ。
幸い、友人にも恵まれ、毎日楽しい大学ライフを送っている。だが、それだけでは私の心は満足しない。私の本当の幸せ、それは今から会えるかもしれない男の子に会うことだから。一度きりしかない人生なんだから、私の好きに生きたってバチは当たらないはず……。
私が居なくなったら、友人や家族は当然のように心配をする。今日のことだって、親には友人の家に泊まりに行くと言って嘘をついているのだから多少罪悪感はある。だけど、それ以上に彼に会いたくてたまらない。後のことはあとで考えればいい。
実際、噂であってまだ一度も会いたい人に会ったって話は聞いていないから嘘かもしれないし。って、現実世界に戻れないんだから話を聞いたことがなくて当然か。
「0時になった……」
私はゴクリと唾を飲んで、その扉を開けた。
「本当に存在、してたんだ」
この時間だから、鍵が閉まっていてもおかしくない。扉が開いた時点でも驚いたが、それだけじゃない。目の前に広がるのは、あきらかに教室とは違う景色。一面、綺麗な花畑だった。
「わぁ~、綺麗~!」
誰もが一度は見たことのある花も咲いていれば、ほとんどの人が知らないであろう花もあった。
「あれ?」
私はふと疑問に思った。会えるはずの彼がそこにはいない。なんで? どうして? 頭の中がその言葉で埋め尽くされる。
「四つ葉のクローバー……」
私は、しゃがんでクローバーを手にとった。確か四つ葉のクローバーは願いを叶えるだったよね? クローバーの花言葉を思い出しては少し悲しくなった。
そんなとき、
「ずっと君を待ってたんだよ。お姫様」
「……え?」
背中に温かいぬくもりを感じた。それは私が知ってる声。この声は私が毎日のように聞いている。
アニメでは絶対に言わないけれど、私と彼の夢物語を書いた小説で、彼は私のことを親しみを込めて「お姫様」と呼んでいる。あぁ。私だって、ずっと会いたかった。
「暁くん……!」
私は大好きな彼の名前を口にした。このまま後ろから抱きつかれるのも悪くないけど、まずは正面で向き合って……。
やっぱり生で見るとカッコいいなぁ。
ん? あれ? さっき、暁くんはなんて言った? ずっと私を待ってた? え? 理解が追いつかない。私を待ってたって、どういう意味だろう?
「あの、暁くん」
「ん? どうしたの、お姫様」
「うっ」
ずっと会いたいと思っていたけど、実際会ってみるとアニメで見てた時よりもカッコ良すぎて何も言葉が出てこない。目を合わせて話すのが恥ずかしくなった私は俯いた。だって、じっと私を見てくるんだよ? そりゃあ恥ずかしくなるよ。
さらさらな黒髪に吸い込まれそうになるほど綺麗な赤い瞳。身長179センチで、150センチ以下の私からしたらかなり高い。でも、そんな高身長な暁くんが私は好き。
帰宅部だから見た目は細身なのに、よく見るとほどよく鍛え上げられた筋肉がチラリと見える。夏服だから、わかりやすいほどだ。
暁くんは桜星学園に通う高校二年生。って、暁くんの説明ばかりしててどうする私。今はそれよりも……
「暁くん。さっきの、私を待ってたって、どういう意味?」
「あぁ。特に深い意味はないよ。それよりお姫様、散歩でもしない? ここから少し歩いたところに星が綺麗に見えるスポットがあるんだ」
暁くんはそういって、私に手を差し出した。
「う、うん」
差し出された手を握り、私たちは歩き出した。
なんか、あきらかに話を逸らされたよね? まさか、偽物? いやいや、そんなことあるはずがない。
「着いたよ。ねっ、凄く綺麗な所でしょ?」
「ホントだ。凄く綺麗」
「でも、やっぱり……」
「?」
「お姫様のほうが綺麗だな」
「っ……。あ、ありがとう」
暁くんは爽やかな笑顔でそう言い放った。眩しすぎる笑顔、私には勿体ない。
それから、その場所でたわいもない雑談をした。雑談というよりは、私が暁くんが本物か確かめるために一方的に質問責めをしただけなのだが。
暁くんの友人や家族のこと、それから趣味や休日に何をしているか。全てが私の知っている情報と同じで、私は本物だと確信した。だけど、それと同時に二つの違和感を感じ始めていた。
一つは、どうして暁くんは私に家には帰らないの? とか、どうして此処に来たの? って質問をしないこと。
私は暁くんが私に最初に言ったことを思い出していた。思い返して見ると、それはまるで最初から私が此処に来ることを知っていたみたいな口調だった。
「……っ」
ゾクッと寒気がした。なんだろ、ここに長く居たらいけない気がする。でも、現実世界に戻ることはできない。
二つ目の違和感、それは彼があまりにも優しすぎるということ。アニメでは確かに爽やか系男子ではあるのだが、二年生になってからは年上に対して妙に腹黒いところがある。女子に対しては小悪魔的なところも。
「?」
ふと地面に目をやると一冊のノートが落ちていた。そこには、「私と王子様の夢物語」とタイトル付きの……って、これ私の書いた小説!? どうして、こんなところに?
私はすかさず、そのノートを拾った。中身を確認するため、一ページ目を開いた。すると、そこにはこう書かれていた。
ー0時ちょうど、ある教室の扉を開くと会いたい人に会うことが出来る。ただし、現実世界にはもう二度と戻れない。それでも君は俺に会いに来てくれる?
「なに、これ」
私はこんな文章を書いた覚えがなかった。それに、これは私自身に語りかけている文章にも見えた。
「ずっと君を待っていたんだよ、お姫様」
「いやっ、来ないで! 貴方は一体誰なの!?」
「大丈夫。怖くなんかない。さぁ、目を閉じて?」
「っ……」
暁くんがそういうと、私の瞼はみるみるうちに重くなった。凄く眠い。けど、何か見落としてる気がする。
そういえば、一ページ目の最後に何か重要なことが書いてあった気がする。
「おやすみなさい。お姫様」
「すぅ、すぅ……」
私はそこで意識を手放した。
「次に目覚めたときは、君は本当に俺のお姫様だ」
一ページ目の最後にはこう綴られていた。
会いたい人に必ずしも会えるとは限らない
「世の中、そうそう上手い話はないんだよ」
そういって彼は少女を抱え、闇に消えた。
彼は一体何者だったのか?
皆さんも噂話を本気にすると少女のように痛い目を見るかもしれません。
それでも貴方は現実世界を捨てて、星ヶ丘大学のD305教室の扉を開けますか?
もしかしたら、本当に会いたい人に会えるかも……。
end