開けた途端、真っ黒な霧が視界を遮り、息が苦しくなる。
「うっ…」
部屋の中は、祓い師の仕事で感じ慣れた物の怪の気が充満していた。
しかし今までこれほどまでに強いものは感じたことがない。
「桜さんっ、大丈夫ですか!?」
もし中に彼女がいるとしたら相当苦しめられているに違いない。
彼女の安否は現時点では分からないが、取り敢えずこれを全て祓わなければ。
着物の懐から札を取り出して、人差し指と中指で挟んで口元に持っていき念を唱えていく。
「場に留まりし苦難の魂よ、我が言に込められし祓いの祈りを聞き給え。
ーー清霊(せいれい)」
強い霊ほどこの世への未練や邪悪な感情が残っているものだが、この物の怪にはそれは感じられなかった。
それどころか…
『あぁ…、これでやっと桜を苦しませずにすむ…』
そう言って、穏やかな声音で最期の言葉を残して、一瞬、黒い霧が晴れて見えた顔には一筋の涙が流れていた。
でもそれは、哀しいからではないように感じた。