しかも誠一郎さんの場合、戦争で母の近くにいることが出来なくなった。
身を裂かれるような思いだったに違いない。

「…私はここで、静かに暮らしていきます。
あなたは、今度こそ素敵な相手と結ばれて幸せになってください。
綺麗でもなく秀でたものもなく、身寄りさえもなくなった私のことは、どうか忘れてください」

今度はこちらが頭を下げる。

「あなたは貴族であり、誇り高き軍人です。私のような者では最初から釣り合いが取れなかったのです。
最初から、夫婦になどなるべきではなかった。…父のせいで振り回してしまい、申し訳ありませんでした」

「サユさん…」

「寒い中、わざわざ会いに来てくださって嬉しかったです。…でも、どうかお引き取りを」

「…また、会いに来ます。何度でも何度でも。あなたに会いたいので」

誠一郎さんはそう言い残して去っていった。
しかし、何度も会いに来るにはここは町から離れすぎているし、もうすぐで雪が降りだすだろう。
雪の積もった山は通常よりもさらに歩きにくいし、遭難の危険も高まる。

きっと社交辞令になるだろうと考えながら、後ろ姿を見えなくなるまで見送った。