「あなたが三宅秋斗くん……?」
私は少しだけ身を乗り出した形で名を呼んでみる。
でも、彼はそっけない態度で軽く頷いてみせただけだった。
「ここでは何ですし、場所を移しませんか?」
「は、はい……」
秋斗くんの提案に、私は慌てて立ち上がる。
だけど、私は時間が止まったように、秋斗くんの顔から目を逸らせない。
観察すればするほど、春陽くんとはあまりにも違う。
ひょっとしたら別人なんじゃないかと思うほどだ。
「あの……」
目が合った瞬間、すぐに逸らされ、秋斗くんは駅ビルのほうへと歩き出す。
笑顔が絶えなかった春陽くんとは違い、秋斗くんはほとんど表情を変えない。冷静な立ち振る舞いだ。
だからか、春陽くんとは全くの別人のように思える。
秋斗くんの先導でショッピングモールに向かう。駅を出て少し歩いた先に見えてくる、六階建ての大きなビルだった。
「えっ、ショッピングモール?」
ビルを見上げた私は独り言のようにつぶやいた。
てっきり、ヴァイオリンが弾ける場所に行くものと思っていたからだ。
秋斗くんは何かを考えているような表情になったが、すぐに背中を向け、ショッピングモールに入っていった。
店内は明るい光の中、軽やかな音楽が流れていて人の数もそこそこ多い。
エスカレーターで上がり、彼が最初に入ったのは大きな本屋だった。
「篠宮さん。約束どおり、プレゼントしますので」
秋斗くんがそう言って差し示した先は新刊コーナーだった。
「そっか……。秋斗くん、ありがとう」
その言葉を受けて、私は嬉しそうに目を細める。
春陽くんと交わした約束。
だから、彼は最初に本屋に足を向けたのだ。
「えっと……あるかな……?」
私は売り場を流し見るようにして確認する。
ジャンル別に所狭しと平置きされたコミックスに、映像化が決まったポップ付きの本、特装版の本、大きな特典の付いた本が目のつきやすい高さの棚に面置きされて並んでいた。
やがて、この冬に記録的興収を上げた映画の原作小説が目に入った。
「『満天のコーラス』。あの、この本です」
私が目的の本を見つけると、秋斗くんはその本を受け取った。
そのまま、レジで支払いを済ませ、私に本を渡した。
「どうぞ」
「ありがとう。本当にいいのかな?」
私の疑問に、秋斗くんはほとんど表情を変えずに視線を逸らす。
「別に……。約束なので」
素っ気なく返された言葉にどう反応すればいいのか分からなかったけれど、戸惑いながらも「ありがとう」と応えた。