「あら、雫、どこかに出かけるの?」

約束の日。鏡の前で髪を整えていたら、お母さんにそう聞かれた。

「あ、うん。ちょっとね……」

お母さんは不思議そうに私の髪形や服装を眺める。
今日は普段、友達と出かける時よりも、おしゃれをしていることに気づいたからだろう。
支度を済ませた私はそそくさとリビングで朝食を食べてから家を出た。

駅前の広場に着いた私は足早に人込みの中を歩き、駅の電光板の時刻に目をやった。
見れば、待ち合わせ時間まではまだ時間があった。
少し早く来すぎたのかもしれない。
私はベンチに座ると、そわそわと視線を彷徨わせる。

秋斗くんはどんな人なのだろうか。
同じ魂を宿している双子の兄弟みたいな感じって言っていたから、きっと春陽くんに似た人なのだろう。
ただ、本当の性格とはかけ離れた自分を演じているって言っていたから、春陽くんとは違う感じなのかも。
いくら考えても想像は尽きない。

その時、携帯の振動がメールの着信を教えてくれる。
画面に映る送り主は『秋斗くん』。
勇気を振り絞ってメールを開くと――。

「あっ……」

思わず出た言葉に呼応するように、私は表情を綻ばせる。
誰も気づいてないと確認するまで数秒固まってから、もう一度、メールの内容を確認した。

『おっす、雫。今、着いて改札に向かっているとこ。休日に雫と一緒に出かけるのは初めてだから緊張するな』

メールの内容が春陽くんらしくて、私はホッとする。
これから会う人が、本当にもう一人の春陽くんなんだと分かり、先程までの緊張が徐々に薄れていく。

休日に一緒にお出かけ。
あっ。これって……もしかして初デートってことになるのかな……?

先程、届いたメールをじっと見つめていると、心まで暖かくなった。
改札に向かっているというのなら、もうすぐここに来るということだ。
早く来ないかな、と私はそわそわと浮かれ気分で待っていた。
……けど。

「篠宮さん」
「……えっ」

突如、横から凛とした声が響く。
冷たく、はっきりと輪郭を持った綺麗な声。
無意識に振り向いた私は次の瞬間――完全に意表を突かれた。

「こちらでは初めまして。お会いすると約束していました、三宅秋斗です」
「はい……?」

さらさらと揺れる髪。長身で、まるで芸能人のような端正な顔立ち。ヴァイオリンのケースを手にしている、その容姿は並外れている。
冷めきった声と凍てついた瞳。そして、一目で心を奪われる美しさ。
とんでもないイケメンが、そこにいた。