「ごめん、ごめんな」

ただ、ひたすら泣き続ける私の背中を、春陽くんはずっと抱きしめてくれていた。

「雫、ごめんな。俺、普通じゃなくて」

春のそよ風のような温もりとともに、私の胸の中にいろいろな感情が流れ込んできた。
春陽くんへの愛おしさが加速する。もう止められない。

「それでも俺は――俺たちは雫を誰にも渡したくないんだ」

春陽くんは右手を、私の髪に触れるように伸ばす。そして顔を寄せ、私の唇に自分の唇を重ねた。

甘酸っぱいキスだった。
全身にほとばしる甘い痺れ。柔らかい唇の感触だけが確かで。
春陽くんと交わすキスは、はちみつのような甘みに混じって、涙のしょっぱい味がした。

穏やかで優しい星明かりに包まれて、私たちは互いの顔をいつまでもいつまでも眺めていた。
時は止まることもなく、私たちは常に未来に向かって歩いている。
それでも、この瞬間が永遠に続けばいいと私は願っていた。

けど――。
何の前触れもなく、それは起こった。


ガタッ!

春陽くんの身体が不意に傾いた。

「やばー。そろそろ秋斗と入れ替わるみたいだ。いつもより早いな……」
「春陽くん……っ」

喘ぐような苦悶の声。
硬直していたのは一瞬。
私は弾かれたように春陽くんの顔を覗き込む。

「……雫、ごめんな。秋斗になったら連絡するな……」

そう言い残して、春陽くんは糸が切れたように神社の柱の傍に倒れ込んだ。

「春陽……くん……っ!」

何度、声をかけても、春陽くんはぐったりしたまま、微動だにしなかった。