「あの時の言葉?」
「音楽室でつぶやいていた言葉」
「……音楽室」
肩の線を硬くした春陽くんは目を瞬かせる。
その戸惑いの声音に呼応するように、私は穏やかに微笑んだ。
「私も思うよ。『共依存病』じゃなかったら、春陽くんはきっと『運動部』に入っていた」
「……っ!」
思いがけない言葉に、春陽くんは目を見開いた。
秋斗くんと春陽くんにとって、ヴァイオリンは特別だ。
でも――特別は決して一つとは限らない。
「私は、春陽くんが心の底から笑ってる姿が見たい」
すぐ近くにある春陽くんの顔が、次第に涙でぼやけていく。
「春陽くんのこれから起こす行動はきっと、『可能性』を紡ぐよ。だから、春陽くんだけの本音を教えて。春陽くんだけの夢を教えて」
「俺だけの……」
こぼれ落ちる涙に構うことなく、私は春陽くんを見上げて言った。
「秋斗くんは春陽くんでもあり、春陽くんは秋斗くんでもある。でも、秋斗くんと春陽くんは全て同じじゃなくてもいいんだよ。全て違わなくてもいいんだよ。秋斗くんは秋斗くん、春陽くんは春陽くんのままで居ていいんだよ」
「俺たちのままで……」
秋斗くんと春陽くんに心から笑って欲しいと願った日から、私はきっと、二人に恋に落ちていた。
だから、私の中に降り積もっていった想いも、春陽くんたちの気持ちも悩みも不安も、ぜんぶぜんぶ抱きしめたい。
「俺だけの本音。俺だけの夢。正直、考えたことがなかった。だってさ、俺の意思は秋斗の意思でもあったから」
そう吐露する春陽くんの表情はどこか苦しそうだった。
胸の奥底で暴れるどうしようもない感情は消えなくて。
きっと、今も寂しいと叫んでいる。
『秋斗』と叫んで、お兄さんに助けを求めたくてたまらないのだろう。
『共依存病』。
その言葉の持つ意味を、私はこの時、初めて知った。
切れていたはずの糸が繋がっていく。
同じ魂を持つ、支え合って生きてきた二人。
なくてはならない存在。
離れられない、離れたくない二人。
けど、それは……
きっと……ひとりだけじゃ生きていけないって、ことなんだ。
秋斗くんと春陽くん。
二人を生まれた時から繋いで。
けど、そんな特別な二人を徐々に引き裂いていく『共依存病』は、本当に残酷な病気だと思った。