「どうしたの?」
「何でもねえよ。ちょっと考え事してだけー。それより、雫はどっか行くとこ?」

私の視界に入ったのは、いつもどおりの春陽くんの横顔。
だけど、どこか無理をしているような立ち振る舞いで、表情も影を落としているように感じられた。

「私は……売店に向かうとこ」
「なら、一緒に行かないか? 俺、今日は学食なんだー」

胸に残った違和感。
それでも――いつものように何事もなく笑っていたから、私はこの時、春陽くんの隠されていた本心を見抜けなかった。 

「うん、いいよ。一緒に行こう」

私は春陽くんと談笑しながら、階段を降りて売店に向かう。
売店は食堂の隣にある。
春陽くんと別れた後、ふと先程のことが頭に浮かび、私は少しだけ身体の奥が熱を帯びていくのを感じていた。

大切な人たちの過去に踏み込むのは本当に勇気がいることだ。
どう切り出せばいいのか分からず、迷いが生まれる。
もし、何か隠されているのなら――それを知った時、どうなってしまうんだろう。

いろんな想いが絡まって。
春陽くんの本当の気持ちが見えなくなって。
何が正しいのか、分からなくなる。

答えが出ない疑問を抱えたまま。
放課後、私は人気のない校舎裏で春陽くんを待っていた。

「雫!」

やがて、よく通る男の子の声が校庭から響く。
私が視線を向けると手を振りながら、整った顔立ちの男の子がこちらに走ってくる。

「春陽くん」

私は思わず、弾んだ声をもらした。
距離が縮まれば縮まるほど、鼓動が慌ただしくなっていく。

「遅くなってごめんな」

駆け寄ってきた春陽くんが私の傍に立つ。
端正な顔がゆっくりと私の方に向き、嬉しそうに笑った。

もう放課後だ。
部活動をしている人以外に、校舎に生徒はいないはずだ。
もしも、他の人に聞かれたら、春陽くんたちの『共依存病』の症状について、波紋を広げることになってしまう。

「春陽くんが聞きたいことって……はるくんのお母さんのことだよね?」

私の前置きが、夕暮れの風にさらわれていく。

「春陽くんたちのお父さんが言ったとおり、『共依存病』の真実は知らないままの方がいいのかもしれない……。それでも春陽くんは……真実を知りたい?」
「ああ。それでも俺は――いや、俺たちは真実を知りたいんだ」
「もしかしたら、すごく信じられない話かもしれないけど……」
「俺たちは信じる。多分……な」

春陽くんは真剣な眼差しでそう応えた。