その日、私は体調がすぐれなかったけど、学校を休むほどでもなかったし、いつものように登校していた。
「篠宮、これ、三宅に渡しておいてくれないか」
廊下を歩いていると、担任の教師とばったり会ってしまい、プリントを手渡された。
私が躊躇いながらも引き受けると、先生はほっと安堵の吐息を零す。
「篠宮、頼むな」
急いでいるのか、先生は足早に職員室に戻っていった。
「えっ……」
残された私はプリントを持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。
三宅くんと話したことはいまだにないし、きっとこれからも話す機会なんてないと思っていた。
確かに……いつか彼と話してみたいと思っていたけど、挨拶する勇気すらないのに。
それなのにどうしてだろう。
私はこっそりとプリントを確認して、小さく溜息をつく。
廊下を歩いていると、三宅くんがこちらに向かってくるのが見えた。
別のクラスの女子たちが、彼が通り過ぎた後にこっそり振り返っている。
三宅くんは通りすがりの彼女たちが目をひくくらい、かっこいい男の子だ。
神様、どうか、私に勇気をください!
私はプリントを持って、三宅くんの方にゆっくりと近づく。
距離が縮まれば縮まるほど、鼓動が慌ただしくなっていく。
私は戸惑いながらも、彼の傍に立つ。
端正な顔がゆっくりと私の方に向き、不思議そうに瞬きを落とした。
こんなにも近くで、三宅くんのことを見たのは初めてで、私は上手に視線を合わせることができなかった。
「これ……。先生が三宅くんに渡して、って……」
それだけを言うのが精一杯だった。
「それだけだから」
私はうつむいたまま、口ごもり、くるりと踵を返す。
だけど、その時、私の身体がふらりと傾げた。
体調がすぐれない状態で学校に来たことで、やはり、無理がたたったのだろう。急激に疲労が襲ってきた。
「おい、大丈夫か」
三宅くんが咄嗟に肩を支えてくれる。
「大丈夫……」
歩き出そうとした途端、私は足元がぐらぐらと揺れる感覚に襲われる。
「ほら、つかまれよ」
三宅くんは私の肩に手を回し、抱きかかえるように支えて歩き出す。
わわわっ! 近いよ!!
あまりにも近すぎる距離に、私は思わず狼狽した。