「悲しくて泣いていたわけじゃないよ。これは嬉し泣きだもん。だから大丈夫」

どうしようもない想いが、涙と一緒に溢れる。
春陽くんの前で笑おうとしたはずなのに、私はまだ、泣き顔のままだった。

「あのさ、雫、俺たちは絶対に諦めねーから。時間はまだ、あるんだしさ」
「うん。信じてる」

静かで、人気のない線路沿い。
聞こえてくるのは列車の走る音だけで、誰も私たちのことなど気にしていない。

『しずちゃん、ねねちゃん、時間は有限だ。早く行こう』

ふと、はるくんが言ってた言葉が頭をよぎる。

時間は有限。
でも、このままずっと、線路沿いを歩いていけたら。
二人で寄り添い合って、誰にも気づかれず、遠くまで行けたら。

『私、いま、最高に幸せだよ。こんなに幸せでいいのかなぁ』

私は思わず、春陽くんにそう言いそうな気がする。

私は春陽くんに恋をしている。
彼のことを知れば知るほど惹かれていく。
話せば話すほど、もっと傍にいたくなる。
初恋に似た感覚に胸が高鳴って、春陽くんと秋斗くんを知る前と今では違う世界にいるように感じられた。

ねねちゃんは春陽くんのこと、好きなのかな?

ねねちゃんの嬉しそうな表情をふと思い出して、胸がざわめいた。
はるくんの時はどうすればいいのか分からなくて。
私ははるくんへの気持ちを隠したまま、二人の仲を応援していくことになるんだろうな、と漠然的に思っていた。
でも、春陽くんへの気持ちは……隠したくない。

『だって、私、春陽くんに恋してるから』

恋には甘さと苦さと尊さが詰まっている。
二度目の恋がこんな感情を私に教えてくれるなんて知らなかった。

「あのさ、今度、秋斗がヴァイオリンのコンクールに出るんだけど」

隣から春陽くんの声が聞こえてきた。

「もし、雫とねねちゃんがよかったらさ」

ねねちゃんの家に来た時よりもぴんと伸びた背筋も、まっすぐな瞳に映された希望も。
なによりも、それら全てがこれより先を進むことを決意した春陽くんの覚悟の表れのようで。

「コンクール、見に来ないか?」

ぴたりと春陽くんの足が止まる。
私も立ち止まり、ゆっくりと春陽くんの顔を見上げる。
街灯の下を、ヘッドライトをつけた車が行き交う。
いつの間にか街の照明が輝いていて、でも線路沿いはまだ薄暗くて。
春陽くんはそこで、まっすぐ私のことを見つめている。

「……うん。行きたい」

臆病に伝えた私の心の端を、春陽くんは手を繋ぐことでゆっくりと受け止めてくれる。
だけど、一歩ずつしか踏み出せないままで少しばかり、物足りなさを感じ始めたから。
伝えたい言葉にもう少しの意味を添えてみた。

「秋斗くんの演奏が好きだから。秋斗くんの演奏を聞きたいから。だから、絶対に行きたい!」
「おう、ありがとうな」

私の前で、春陽くんが満面の笑みで笑った。
だから、私も嬉しくなって、やっと春陽くんの前で素直に笑えた。
私たちは手を繋いだまま、家に向かってまた歩き始める。
薄闇の線路沿い。
だけど、二人でいれば、世界はどこまでも光で満ちていた。