「この後、公園に行きませんか? 篠宮さんに聞いてほしい曲があるんです」
「……はい」
言葉の意味を理解した瞬間、私の顔は火が点いたように熱くなった。
そうだった。
今日の目的は秋斗くんのヴァイオリンの演奏を聞くことだ。
私に聞いてほしい曲って、どんな曲なんだろう?
私たちはショッピングモールを出ると、近くの公園を散策した。
遊具広場以外にも遊歩道や池がある。
噴水は今日も水しぶきを上げ、子どもたちがその周りを走り回っていた。
「では、ここで」
「うん」
秋斗くんの言葉に、私は近くのベンチに腰かけた。
秋斗くんはケースを開いてヴァイオリンを準備する。
夕焼けのような色のヴァイオリンを肩にのせた。
「『満天のコーラス』の主題歌の曲です」
「え……」
秋斗くんは祈るように目を閉じると、ひそやかに弾き始めた。
星と月のハーモニー。
懐かしいようなその旋律は静かで決して明るくはない。
でも、何故だろう。
こうして耳を澄ましていると、まるで小さな箱の蓋を開いたように思い出が溢れ出してきた。
嬉しかったことも、悲しかったことも。
ひとりぼっちだと泣いた夜も、誰とも分かり合えないと落ち込んだ夜も、誰かに抱きしめてほしいと甘えた夜だってあった。
何時だって周りの人達に守られていたと知ったのはきっと……広い世界を見た時だっただろう。
その頃は明日を恐れることも、過去を嘆くこともなく、幸せな今だけがあった。
そんな過ぎ去った日々が、後から後から蘇ってくる。
「すごい……」
私はいつの間にか、秋斗くんが奏でるヴァイオリンの音色に心を奪われていた。
やがて、最後の旋律を弾き終えた秋斗くんはゆっくりと弓を下ろした。
「まるで映画のワンシーンみたい……」
私は今日、本屋で購入した本を鞄から取り出す。
『満天のコーラス』。
その本は、この冬に記録的興収を上げた映画の原作小説だ。
冬に上映されていた映画のシーンが次々と脳裏に浮かぶ。
『満天のコーラス』は、ヴァイオリニストの少年がヒロインの女の子のために奮闘する話だ。
ヒロインの女の子を連れ出してくれたのは彼の音。
その音が彼女と過去を繋ぎ、未来を紡いだ。
未来を照らす光が。
命の輝きが。
最後に彼女に生きたい、と願わせた。
最後のシーンで、主人公の男の子がもう二度と会えない大切な女の子のために、公園でヴァイオリンを弾くシーンが印象的に残っている。
今を精一杯生きる彼の姿が……。