このままでは、彼がいなくなるかもしれない――。

それはあの春の日、聞いた彼の声を再び、耳にすることはないことを意味する。
多分、私たちはその現実に耐えられなかったんだ。

『はるくん』がいる。そんな当たり前の幸福。

今ではどんなに望んでも決して手に入らない過去の幻想。
思い出から想起されたのは、痛切さよりも愛しさの度合いだった。

『大切な人』をもう二度、失いたくない。

だから、私たちはかけがえのない毎日の中でひとつの決断をした。
大切な人たちの笑顔を賭けた真相の果てに、私たちが手に入れたもの、それは――。

「今日はあきくんの日かなー。それとも、はるくんの日かなー」
「ううーん。私もまだ、分からないんだよね」

優しい春の風が吹く。
桜の見頃で騒々しい公園は心地良い。
私たちは猫のストラップをさげたリュックを持って以前、訪れた海沿いに広がる大きな公園――海浜公園に赴いていた。
私の横で歩いているのは、陽光に包まれたような淡い髪で、笑顔がよく似合う女の子。
私にとって、今も昔も大切で特別な友達だ。

「でも、きっと……」
「きっと、なになに?」

思った以上に食いつかれてしまった。
私は苦笑して、噛みしめるように声に出す。

「今、こちらに向かって走っている人かな」
「あ……」

私たちは身体の火照りを振り払うように、表情を華やかせる。
舞い散る桜。心を奪われたのは走る姿だった。
私たちはずっと、彼を目で追っていた。


ねえ、どんな表情で、どんな気持ちで――。
あなたは今、走っているの?