「永遠の命」
 誰もが一度はそれを手にしたいと考えたことがあるのかもしれない。
 私もそれを望んでいる。
 なぜなら、私は病気で余命が短いから。
 永遠の命があれば、お父さんとお母さんを悲しませずに済むから。
 病院に行くたびに、私はあとどれくらい、どれだけ生きれるかの不安の圧に押し潰されていた。
 入退院を繰り返すたびに、私の命はどれくらい伸ばせるか考えたことも何度かあった。
 ある日、主治医の先生に言われた。
 「あなたの余命は一年です」

 桜の花びらが舞う四月、私は学校に復帰した。
 学校の先生には、私の病気のことと余命があと一年であることを両親が話してくれた。
 そして、これらのことはクラスの人たちには言わないで欲しいことも話した。
 担任の先生はそれを承知の上で受け入れてくれた。
 とはいえ、入院でしばらく学校を休んでた私のことを覚えている人は多くなかった。大半の人が忘れていた。
 「長田命《おさだめい》です。しばらく学校を休んでいましたが、また学校に通えるようになりました。よろしくお願いします」
 まるで転校生のような挨拶しかできなかった。
 みんなが転校生を見るかのように注目する中、自分の席に座るのが窮屈に感じた。

 私はしばらく入院で休んでて、一年後にはここにはいない。
 きっとみんな私のことはすぐ忘れる。
 同じクラスなのになんだか変な気分だ。
 いつも通り授業を受けて、いつも通り昼休みに友達とご飯を食べて、いつも通り放課後を迎えて部活や遊びに行く。
 そんな当たり前の毎日を送るはずだったのに、病気とその療養期間でなくなってしまった。
 みんなはこんな楽しい生活がまだ続くのに、私は一年もない。それどころか、またいつ発作が起きるかわからない恐怖に怯えなきゃいけない。
 せっかく友達ができても来年でお別れになる。
 余命と別れるプレッシャーに挟まれるくらいなら、友達を作るのは諦めて残りの学校生活を送ることにした。
 そもそもこんな私のことを覚えてくれるのかもわからない。

 放課後、帰りの会を終えて帰る支度をしてると一人の男子が私の席に近づいて来た。
 「ねぇ長田さん。これからみんなでカラオケ行くんだけど、長田さんも一緒に行かない?」
 背は高からず低からず、まん丸とした瞳、セットをかけていない短い黒髪の男子。
 私はしばらく学校に行けてなかったから、男子と話すことに抵抗を感じてつい目を背けてしまった。
 「ああ、ごめん。今日これから行くところがあってさ・・・・・・じゃあね」
 そっけない返事で教室を走り去った。
 きっと彼や他のみんなも私のことを感じ悪い女だと思ったに違いない。
 けど、これでいい。どうせ私が死んだらすぐに忘れるから。

 校門を出ると、ちょうど学校前のバス停にバスが停まってたから走って乗り込んだ。学校を出発して四つめのバス停で降りた。
 バスを降りて一人で歩くと、同じ学校の生徒や他校の制服を着た私と同い年ぐらいの人たちが友達と楽しそうに戯れている。下を向きながら、彼女らの横を通り過ぎ、閑静な住宅街へと歩いていく。

 急に胸が苦しくなった。発作ではない。
 普通に学校生活を送れないこと。
 普通に病気に縛らずに生きれないことに。
 普通に長く生きれないこと。

「どうして私の命は短いの」

 気づいたら涙が溢れてきた。
 壁に手をかけてゆっくりと歩いた。
 もうすぐ私の家。
 家が見えてきた時、ちょうどお母さんの姿が見えた。

 「ただいま」と言おうとした時、急に意識が遠くなった。

 目の前が真っ暗になろうとする中、「命っ、命っ!」とお母さんの叫ぶ声がうっすらと聞こえてくる。

 目が覚めると私の部屋だった。

 「命!」

 お母さんとお父さんが泣いている。

 「よかった、本当によかった!」

 そうか、私また倒れたんだ。

 私は倒れてここに運ばれたんだ。

 「おかあさん・・・・・・」

 倒れる寸前にお母さんを見た時のことは覚えている。

 私は小さい頃から何度も倒れたことがあった。

 目を覚ますたびに、お母さんとお父さんは泣いている。

 今は目を覚ますことができたけれど、今度はまた倒れた時、私は生きているのか。

 「今日は久しぶりに学校に行ったから疲れちゃったのね」

 お母さんは私の頭をそっと撫でた。

 「明日、もしまだ体調が悪いなら学校休みな」

 お父さんは優しく声をかけてくれた。

 これがいつまで続くのか私にはわからない。

 永遠の命があれば、病気の心配はしなくて済むのに、お母さんとお父さんを心配させなくて済むのに。

 両親が部屋を出た後、私は大泣きした。

 しばらく泣いた後、眠った。
 
 目を覚まして携帯を見ると朝の七時を差していた。

 今日は起きれた。リビングに降りるとお母さんとお父さんがいた。

 「おはよう、命」

 いつも交わす挨拶に安心した。

 「おはよう、お母さん、お父さん」

 家族三人でテーブルを囲んで食べる朝ごはん。
 いちごジャムをたっぷり塗ったトースト、コーンスープ、サラダはとてもおいしい。

 入院してた頃、病院のご飯は思ってた程不味くはなかった。意外と豪華だった。

 けどやっぱり家のご飯が一番だ。
 それが食べれる事に幸せを感じる。

 「今日は学校行くのかい?」

 一瞬迷った。

 もし、また倒れたらどうしようと。そう考えると今日は行くべきではないのかと考えた。でも、両親が学校に事情を説明してくれたりなど私がまた学校に通うようにしてくれたことが嬉しかったから、行かなきゃという気持ちがあった。

 「行くよ」
 
 朝ごはんを食べ終え、自分の部屋で制服に着替えて学校に行く支度をした。
 玄関を出ようとするとお母さんが来た。
 「一応、先生には昨日のこと電話で言っとくね」
 あまり心配をかけたくなく、「大丈夫だよ」と言って家を出た。
 
 学校には行くものの、今日一日をどう過ごせばいいかわからない。
 学校に着き、廊下を歩いていると担任の先生と偶然すれ違った。

 「おお長田、ちょっといいか?」

 あっ、もしかしてと察した。

 「さっきお母さんから電話が来たんだ。昨日倒れたんだってな」

 「あっ、はい・・・・・・」

 もう伝わっていたとは思わなかった。

 復学する前に病気のことを話したくらいだから、当然昨日のことも話すんだなぁと思った。

 「もし今日また具合が悪くなったら遠慮なく言うんだぞ。他の教科の先生たちに話しとくからな」

 「はい、ありがとうございます」

 チャイムがなると私も先生も慌てて教室に入った。

 教室に入ると、昨日の放課後に声をかけてくれた男子と目が合った。

 「おはよう」

 おはようと挨拶を返すとすぐに自分の席に着いた。
 
(昨日のこと怒ってないかな?)

 今日一日どうなるか心配だったけど、特に発作とかは起きなく授業を受けることができた。
 昼休み、お弁当を早く食べ終えやることがなかったから図書室に行った。

 「あれ、長田さん」
 声がするカウンター席の方を見ると昨日の彼がそこにいた。
 返事をしようにも彼の名前がわからなくてなんて言えばいいか戸惑った。

 「永山透《ながやまとおる》。よろしく!」

 私にとって彼がクラスで初めて名前を覚えたクラスメイトだった。
 「よろしく」と細々と返事をするとすぐに本棚に向かった。

 ここなら人が少なく落ち着いて過ごせる。
 病気のことを誰かに悟られる心配もない。
 
 私は自然と休み時間は図書室に行くことが日課になった。

 図書館に行くようになってから数週間が経った。

 放課後、定期診察を終えて病院を出ると見覚えのある人がいた。
 
 「あれ、長田さん」

 永山くんだった。病院から出てきたからクラスの人に病気のことを悟られないかゾッとしてきた。

 「ねぇ、今時間ある?ちょっと付き合って欲しいんだ」

 「えっ・・・・・・」

 私は咄嗟に「うん」と頷いてしまった。

 「行こっ!」

 彼は突然私の手を握るとどこかへ向かった。

 数分ほど歩くと、彼が向かった先はゲームセンターだった。

 店内中に響くゲーム機の音、とてもうるさくて苦手な所。

 入院期間が長かったからあまりこういう所に慣れていない。

 永山くんは店内に入ると辺りを見渡し、あるゲーム機のところに向かった。レースゲームのゲーム機だった。

 「長田はこれやったことある?」

 「えっ、ないけど・・・・・・」

 あまり見たことないゲーム機の事を聞かれて正直驚いた。

 「じゃあ、やろうよ。僕これ結構得意なんだ!」

 彼は百円玉二枚を投入すると運転席に座り込んだ。

 この台は二人プレイだと二百円だから、私の分も出してくれたのかな。

 そう思うとその場を離れづらく、私も運転席に座り込んだ。

 ゲームの操作を知らない私に、永山くんはプレイしながら教えてくれた。

 最初はやる気がしなかったけれど、やっているに楽しくなってきた。

 ゲームが終わると、「あっち行こう」と彼は他のゲーム機に走って行った。

 私は彼に誘われるがまま他のゲーム機も遊んだ。

 二人で一緒にクレーンゲームをやってぬいぐるみを取った。
 
 学校帰りに誰かとこうやって寄り道するのは悪くないとゲームをやりながら感じてきた。

 「あー楽しかった!」

 ゲームセンターを出ると病気や発作のことを忘れていたことに気がついた。

 駅に向かって歩いていると、彼は私の方を向いた。

 「ねぇ、長田さん。今日楽しかった?なんかごめんね急に誘って・・・・・・」

 彼は私のことを気遣ってくれたのか申し訳なさそうな表情をしていた。

 「ううん、私も楽しかったよ」

 そう答えると「よかった」と彼はほっとしていた。

「この前クラスのみんなと行ったんだ。その時は長田さんいなかったから一緒に行けたらなぁと思って」

 私のことを覚えていてくれた。

 私は入学してすぐに発作を起こし、長い間入院していたから、体育祭や文化祭、クラスの集まりとかには参加できなかったから、私はいないも同然と思われているのかと思った。

 「また、誘っていい?」

 彼のこの言葉に嬉しくなり、胸が熱くなった。

 私は笑顔で「うん」と答えた。
 
 次の日、学校に行くと