あいらがこの世を去ってから一週間。まだ一週間なのか……と思う。

 あいらがいなくなってから、時の流れを遅く感じる。以前は一日三食きちんと取れていたが、今では一日二食食べれたらいいほう。

 こんなにも僕の生活に影響が出るとは、思いもしなかった。それほど、僕はあいらを愛していたという証拠だろう。

 そんなことを考えていると、家のインターホンがなった。両親は仕事で出かけているので僕が玄関を開けた。

 「急に来ちゃってごめんね、奏汰くん」

 ――驚いた。あいらのお母さんだったから。

 「いえ、お久しぶりです。何か、ご要件でも……?」

 恐る恐る聞くと、あいらのお母さんは一つのノートを差し出してきた。

 ――それは、僕があいらにプレゼントしたノートだった。

 「あいらにね、奏汰くんに渡してほしいって頼まれてたの。バタバタしてたから……遅くなってごめんね」

 もうすぐあいらのお葬式があるから、準備や心の整理など、だろう。

 僕はボロボロになっていたそのノートを受け取った。

 「ありがとう、ございます」

 「じゃあまたね。……あ、そうだ。娘のことを愛してくれて、ありがとう」

 あいらにそっくりの笑顔で、あいらのお母さんは笑った。

 そして僕は、ノートを1枚ずつ丁寧にめくった。


 八月五日。
 このノート、奏汰くんにプレゼントしてもらった。えへへ、嬉しい。とりあえず死ぬまでに何か書きたいなあ。三日坊主にならないようにしないと。

 八月六日。
 何を書けばいいか分からないから、余名日記にしようかな。あれ、 “ヨメイ” ってこの漢字で合ってる? まあいっか!

 
 ――ノートのタイトルには、大きく余名日記と書かれていた。
 
 ……余名って、きりのよい数字よりもう少しだけ多いことをいうのに。きっと余命、と書きたかったのだろう。

 あいらは本当に馬鹿だなあ、と笑ってしまう。


 八月十日。
 三日間書いてなかった! 今日は久しぶりに浴衣を着れて嬉しいし、奏汰くんと花火見れた。その場に行って、二人で見たかったなあ。

 
 三日間も日記を書くことを忘れてしまったらしい。あいららしいな、と思うけれど。

 ――これはどういう意味なのだろう。


 八月二十二日。
 今日は奏汰くんのお誕生日! しかも、奏汰くんに告白された。でも断っちゃった。本当は奏汰くんのこと異性として好きなのに。きっと私が死んだら奏汰くんは悲しんでしまうから、付き合えなかった。


 ――嘘だ。どうして……?

 あいらは、あいらは僕のことを好きでいてくれていた……?

 
 八月二十三日。
 今日は、毎日来ていたのに奏汰くんがお見舞いに来なくなってしまった。仕方ないよね、私が悪いもんね。奏汰くんには私を忘れて幸せになってほしいな。


 あいらを忘れて、一人で幸せになれるわけがない。二人で、幸せになりたかった――。

 最後のページは、書かれている文字が少し震えていた。頑張って書いたのが目に見えている。


 八月二十七日。
 奏汰くんが私の本音を知りたいって言ってくれて、私の気持ちを吐くことができた。好きっていいそうになったけれど、言わなかった。偉いよね、私。
 
 もう、駄目かもしれない。
 呼吸をしようと思うと苦しい。

 奏汰くん、嘘をついてしまってごめんなさい。
 私も、ずっとずっと、貴方が好きでした。
 最期までこんな私を愛してくれてありがとう。

 ごめん、私のこと忘れないでほしい。
 幸せになっていいけど、頭の片隅には、私を覚えていてほしい。

 最後のわがまま、だからね。
 佐野(さの)奏汰くんのことが本当に大好きです。ありがとう。

           余名日記、雪松あいら。

 
 ――あのとき何か言いかけていた言葉は、あいらの “好き” というメッセージだった。

 僕はそれに気付けなかった。

 ノートに、何粒もの涙が零れ落ちる。

 「あいら……っ、あいら!!!」

 子供のように、僕は大きい声を上げて泣いた。ただ泣きまくった。

 どうしてこの世にはたくさんの人がいるのに、あいらが選ばれてしまったのだろう。

 どうして彼女が死ななければならなかったのだろう。

 神様、彼女を返して――。

 そう思うと、涙が止まらなかった。

 あいらは最期まで頑固で意地っ張りでわがままだなあ。そういう所が本当に、好きだ――。

 僕はただ一人家で立ち尽くしながら、無数の涙を流していた。