一年後の夏、僕は十八歳になっていた。十八歳になれなかった早月の年を追い越した。今ここに早月がいたら、年上になった僕を「おじさんだー」とからかうのだろうか。
ミーティングを終えて、スマホを確認すると隼兎からビデオ通話の不在着信があった。掛けなおすと、早月の遺影を抱えた隼兎が映った。遺影の中の早月は陸上のユニフォームを着て、メダルを片手にピースをしている。
とてもいい写真だ。でも、僕が思い出すのはいつだって、クリスマスの日、星空の下で見た屈託のない笑顔だ。僕だけが知っているあの笑顔が一番輝いていた、と思う。
「どうだった?」
「ばっちり! 打ち上げ大成功!」
今日はアメリカで早月を乗せたロケットが飛び立つ日だ。遥か彼方宇宙の果てへの便は数年に一度しか発射しない。出発まで、一、二年待つのは普通のことだ。
「昴の方はどうよ?」
僕は親指を立ててグッドサインを示した。
「だってよ、姉ちゃん」
隼兎が笑って早月の遺影に話しかけた。
「おい、昴。四継招集だってよ」
「あ、うん。今行く」
木原に呼ばれ、僕は慌てて返事をした。
「じゃあ、午後も頑張れよ」
「ありがとな」
電話を切って、四継すなわち四×百メートルリレーの招集所に向かう。よりにもよって陸上の大会とロケットの発射日がかぶるなんて、僕はとことん運命に翻弄される星のもとに生まれたようだ。
去年、復学した僕はすぐに陸上部の入部届を出した。リレーに必要な人数が集まったことで木原たち陸上部員は狂喜乱舞で俺を歓迎した。みんなの期待を一身に背負って僕は練習に励んだ。僕はリレーのアンカーに抜擢された。
そんなわけで、誰よりも大切な君がアメリカの大地から宇宙の彼方へと飛び立つというのに、僕は日本で走っている。団体競技をばっくれるなんて不義理をしたら、君は怒って地球に帰ってきてしまうからだ。見送りに行けないのは心苦しいが、大切な人の門出の足を引っ張ってはいけない。早月は僕に対しては無限に甘えてくれたけれども、他の人に対しては義理堅く誠実な人だったから。そういう君をこれからもずっと愛しているから。
僕はもう恐れない。誰かに期待されることも、誰かに手を差し伸べることも。一人の力には限界がある。できることとできないことがある。たとえば、とてつもなく大きなカブを抜こうとしている人がいたとして、僕は逃げるのではなく、迷わず力になってあげる生き方をしたい。自分ではネズミほどの力しかないと思っていても、それを必要としている人がいるかもしれないから。
僕は演劇部にもかるた部にも入れない。でも、ポップ作りの経験を生かしてチラシ作りやポスター作りを手伝うことはできる。僕が勉強を教えてもクラス全員に百点を取らせることはできない。でも、僕がクラスのグループトークに投稿したノートは結構わかりやすいと評判だ。
もう「僕なんか」なんて自分を卑下しない。君の恋人、改め君の“心の結婚相手”である僕自身に誇りを持って生きていく。
真昼だというのに、空の彼方にきらりと星のような何かが光った。それは飛行機よりもはるかに速いスピードで、流れ星のように尾を引いて空を駆け抜けて消えていった。 もしかして、早月はあの流れ星に乗っていたのだろうか。
空を見つめていると、バンッと木原に背中を叩かれた。
「四継も期待してるぜ、アンカー!」
僕は親指を立てて応えた。
僕が今日ここに来たもう一つの理由。僕は午前中に個人でも百メートル走に出場した。一年間、ポニーテールを揺らして走る君の面影を追いかけ続けてきた。
今日、この土壇場で僕は自己ベストを更新した。記録は11秒2、永遠に追いつけないと思っていた君の最高到達速度である11秒65を超えるスピードだ。もっと言うならば、早月が生きていれば塗り替えるはずだった女子百メートルの日本記録、11秒21をわずかながら上回った。僕は男だから、女子の記録の欄に僕の名前が記録されることはないけれど、君が到達するはずだったスピードには僕が代わりにたどり着いた。男子の枠でも、県大会出場が決まる記録だ。君は褒めてくれるだろうか?
大会の花形競技、リレーが始まる。第一走者、第二走者、第三走者とバトンが渡る。勝負も大詰めだ。僕は走り出した。加速しながら、木原からバトンを受け取る。絶対に落としたりしない。きっちり受け取って走り切るんだ。
陸上部のみんなが繋いだバトンも、君から受け取ったバトンも。
君の夢は僕が全部代わりに叶える。それが君の願いであるならば、僕の使命でもある。だから、誰でも宇宙に行ける時代になるまで長生きしろと君は言ったのだろう。君の代わりに宇宙に行くために。
でも、残念ながら僕はそこまで待っていられない。こうしている間にも、君は流れ星のようにどんどん遠くに行ってしまう。だから、僕は君を追いかけないといけない。
大学に入ったら、僕は宇宙工学を勉強して宇宙の果てまで行けるロケットを作る。そしてそれに乗って君に会いに行く。宇宙飛行士は元工学者が多いんだ。
世界がそんなの不可能だと嗤ったって、僕は僕を信じている。他でもない君が、僕を天才だと言ってくれたから。
天国より高くまで飛べるロケットを作ったら、もう一度本気の鬼ごっこをしよう。そのために、君よりも速くなったんだ。ポニーテールを揺らして走る僕だけの流れ星を僕はどこまでも追いかける。遥か遠く、宇宙の果ての果てまで。
ミーティングを終えて、スマホを確認すると隼兎からビデオ通話の不在着信があった。掛けなおすと、早月の遺影を抱えた隼兎が映った。遺影の中の早月は陸上のユニフォームを着て、メダルを片手にピースをしている。
とてもいい写真だ。でも、僕が思い出すのはいつだって、クリスマスの日、星空の下で見た屈託のない笑顔だ。僕だけが知っているあの笑顔が一番輝いていた、と思う。
「どうだった?」
「ばっちり! 打ち上げ大成功!」
今日はアメリカで早月を乗せたロケットが飛び立つ日だ。遥か彼方宇宙の果てへの便は数年に一度しか発射しない。出発まで、一、二年待つのは普通のことだ。
「昴の方はどうよ?」
僕は親指を立ててグッドサインを示した。
「だってよ、姉ちゃん」
隼兎が笑って早月の遺影に話しかけた。
「おい、昴。四継招集だってよ」
「あ、うん。今行く」
木原に呼ばれ、僕は慌てて返事をした。
「じゃあ、午後も頑張れよ」
「ありがとな」
電話を切って、四継すなわち四×百メートルリレーの招集所に向かう。よりにもよって陸上の大会とロケットの発射日がかぶるなんて、僕はとことん運命に翻弄される星のもとに生まれたようだ。
去年、復学した僕はすぐに陸上部の入部届を出した。リレーに必要な人数が集まったことで木原たち陸上部員は狂喜乱舞で俺を歓迎した。みんなの期待を一身に背負って僕は練習に励んだ。僕はリレーのアンカーに抜擢された。
そんなわけで、誰よりも大切な君がアメリカの大地から宇宙の彼方へと飛び立つというのに、僕は日本で走っている。団体競技をばっくれるなんて不義理をしたら、君は怒って地球に帰ってきてしまうからだ。見送りに行けないのは心苦しいが、大切な人の門出の足を引っ張ってはいけない。早月は僕に対しては無限に甘えてくれたけれども、他の人に対しては義理堅く誠実な人だったから。そういう君をこれからもずっと愛しているから。
僕はもう恐れない。誰かに期待されることも、誰かに手を差し伸べることも。一人の力には限界がある。できることとできないことがある。たとえば、とてつもなく大きなカブを抜こうとしている人がいたとして、僕は逃げるのではなく、迷わず力になってあげる生き方をしたい。自分ではネズミほどの力しかないと思っていても、それを必要としている人がいるかもしれないから。
僕は演劇部にもかるた部にも入れない。でも、ポップ作りの経験を生かしてチラシ作りやポスター作りを手伝うことはできる。僕が勉強を教えてもクラス全員に百点を取らせることはできない。でも、僕がクラスのグループトークに投稿したノートは結構わかりやすいと評判だ。
もう「僕なんか」なんて自分を卑下しない。君の恋人、改め君の“心の結婚相手”である僕自身に誇りを持って生きていく。
真昼だというのに、空の彼方にきらりと星のような何かが光った。それは飛行機よりもはるかに速いスピードで、流れ星のように尾を引いて空を駆け抜けて消えていった。 もしかして、早月はあの流れ星に乗っていたのだろうか。
空を見つめていると、バンッと木原に背中を叩かれた。
「四継も期待してるぜ、アンカー!」
僕は親指を立てて応えた。
僕が今日ここに来たもう一つの理由。僕は午前中に個人でも百メートル走に出場した。一年間、ポニーテールを揺らして走る君の面影を追いかけ続けてきた。
今日、この土壇場で僕は自己ベストを更新した。記録は11秒2、永遠に追いつけないと思っていた君の最高到達速度である11秒65を超えるスピードだ。もっと言うならば、早月が生きていれば塗り替えるはずだった女子百メートルの日本記録、11秒21をわずかながら上回った。僕は男だから、女子の記録の欄に僕の名前が記録されることはないけれど、君が到達するはずだったスピードには僕が代わりにたどり着いた。男子の枠でも、県大会出場が決まる記録だ。君は褒めてくれるだろうか?
大会の花形競技、リレーが始まる。第一走者、第二走者、第三走者とバトンが渡る。勝負も大詰めだ。僕は走り出した。加速しながら、木原からバトンを受け取る。絶対に落としたりしない。きっちり受け取って走り切るんだ。
陸上部のみんなが繋いだバトンも、君から受け取ったバトンも。
君の夢は僕が全部代わりに叶える。それが君の願いであるならば、僕の使命でもある。だから、誰でも宇宙に行ける時代になるまで長生きしろと君は言ったのだろう。君の代わりに宇宙に行くために。
でも、残念ながら僕はそこまで待っていられない。こうしている間にも、君は流れ星のようにどんどん遠くに行ってしまう。だから、僕は君を追いかけないといけない。
大学に入ったら、僕は宇宙工学を勉強して宇宙の果てまで行けるロケットを作る。そしてそれに乗って君に会いに行く。宇宙飛行士は元工学者が多いんだ。
世界がそんなの不可能だと嗤ったって、僕は僕を信じている。他でもない君が、僕を天才だと言ってくれたから。
天国より高くまで飛べるロケットを作ったら、もう一度本気の鬼ごっこをしよう。そのために、君よりも速くなったんだ。ポニーテールを揺らして走る僕だけの流れ星を僕はどこまでも追いかける。遥か遠く、宇宙の果ての果てまで。