ホームズとポアロ 〜アンソレイエ学園事件簿〜

乾いた足音は、一定のリズムで近づいてくる。

ティリットが小さく呟いた。

「隠れるか?」

「不要だ」

リベルタは即答する。

「来るなら、堂々と来る」

アルテミスは静かに廊下へ視線を向けた。

「いいえ。“見せに来た”のよ」

足音が止まる。

資料室の入口から、数メートル先。

逆光の中に、ひとつの人影が立っていた。

背は高い。細身。
制服姿だが、ネクタイの色が違う――上級生用。

顔は、窓から差し込む夕陽のせいで見えない。

「……誰?」

セレネの声が、かすかに揺れる。

その影は、ゆっくりと両手を上げて拍手をした。
静かな校舎に、不気味なほど乾いた音が響く。

「さすがだね」

柔らかい声だった。
男女の判別がつきにくい、中性的な声。

「名探偵の末裔は、やはり違う」

リベルタの視線が鋭くなる。

「君が盗んだのか」

「盗む?」

影は小さく笑った。

「言い方が乱暴だ。私は“借りただけ”だよ」

アルテミスが一歩前へ出る。

「資料はどこ?」

「安全な場所に」

「目的は?」

「観察」

その一言で、空気が冷える。

「君たちが、本当に受け継いでいるのかどうか」

ティリットの拳がわずかに握られる。

「試しているのか?」

「試験だよ。アンソレイエ学園にふさわしい」

影は廊下の壁にもたれた。

「ヒントは残した」

リベルタとアルテミスが同時に反応する。

「どこだ?」

「どこに?」

影は楽しそうに言う。

「もう見ただろう?」

その瞬間、リベルタの脳裏に、展示ケースの縁の違和感がよぎる。
アルテミスの脳裏には、室内の“匂い”の微妙な変化が蘇る。

二人が同時に振り向く。

「ケースの――」

「室内の空気――」

言葉が重なる。

影は、満足そうに微笑んだ気配を見せた。

「面白い」

そして一歩、後退する。

「制限時間は三日」

「待て!」

ティリットが声を上げる。

だが次の瞬間、廊下の角を曲がった影は、もういなかった。

足音すらしない。

セレネが呟く。

「なに、あれ」

リベルタは静かに言う。

「愉快犯じゃない」

アルテミスも頷く。

「ええ。観察者」

ティリットが低く続ける。

「内部の人間だな」

制服、立ち振る舞い、学園の構造を知っている動き。

セレネが小さく息を吸う。

「三日って……本当に返す気あるのかな?」

アルテミスは展示ケースへ戻り、縁に指を滑らせた。

「返させるのよ」

リベルタも隣に立つ。

「証明すればいい」

「何を?」

セレネが問う。

アルテミスとリベルタは、視線を合わせる。

わずか一瞬。

しかしそこには、先ほどまでの火花とは違う光があった。

「私たちが――」

「本物だと」

アルテミスとリベルタが同時に言うと、セレネがふっと笑った。

「やっと同じ方向を向いたね」

ティリットも小さく頷く。

「三日だ。まずはヒントの確認から」

リベルタはケースの縁を示す。

「ここに、微細な粉末が付着している」

アルテミスは目を細める。

「ええ。それと、微かな香り。柑橘系……いえ、もっと人工的」

二人は同時に結論へ辿り着く。

「美術準備室」

「化学実験室」

また、言葉がずれる。

一瞬の静止。

そして、アルテミスが小さく笑った。

「競争する?」

リベルタの口角が上がる。

「望むところだ」

セレネが額を押さえる。

「……共闘じゃないの?」

ティリットは静かに言った。

「いいや。これが共闘だ」

方法は違う。
だが目標は同じ。

夕陽が沈みかける校舎の中、四人は動き出す。

彼らはまだ知らない。

三日後に待つ“本当の問い”が、
盗まれた資料よりも重いものであることを。

そして、廊下の監視カメラの死角で、あの影が静かに笑っていることを。