ホームズとポアロ 〜アンソレイエ学園事件簿〜

「……ねえ」

先に口を開いたのはセレネだった。
やや困ったように笑いながら、二人を交互に見る。

「朝からそんな火花散らしてたら、クラスの空気が持たないと思うんだけど」

「火花?」

リベルタは肩をすくめる。

「ただの事実確認だろう」

アルテミスは首を横に振った。

「いいえ。あなたは確認のつもりでも、周囲はそう受け取らない」

「周囲を気にして推理は鈍らないか?」

その一言で、空気が変わった。

アルテミスの微笑みが、ほんのわずかに硬くなる。

「気にするのではなく、利用するのよ。人の感情も、行動も」

「感情はノイズだ」

リベルタは即答した。
その声には、一切の迷いがない。

「事実と論理だけ見ればいい。感情を考慮するのは、判断が遅れる」

廊下を歩く生徒たちが、ちらちらと視線を向け始める。

アルテミスは一歩、さらに距離を詰めた。

「それは、ホームズ家のやり方でしょう?」

その言い方に、リベルタの眉がわずかに動く。

「ポアロ家は違うと?」

「ええ、人は論理通りには動かない。だからこそ、感情を読む。そこに真実がある」

「感情は嘘をつく」

「でも、嘘をつく理由は感情よ」

二人の視線が真っ向からぶつかる。
その圧に、近くを歩いていた生徒が思わず距離を取った。

「二人とも。ここは廊下だ」

ティリットが低い声で割って入る。

「問題ない」

リベルタは視線を外さない。

「議論は、推理の基本だ」

アルテミスも同じく、引かない。

「ええ、意見の相違を明確にするのは重要ね」

一瞬の沈黙の後、リベルタが言った。

「なら、はっきりさせよう」

「何を?」

「どちらの方法が正しいかだ」

その言葉に、アルテミスの目が鋭く光る。

「今すぐ?」

「機会は多い。同じクラスなんだから」

まるで、避けられない運命だと言わんばかりに。

「これは、単なるライバル関係じゃ済まなさそうね」

セレネが小さくため息をつくと、ティリットは苦笑しながらも、二人を見据える。

「でも、互いを認めてないわけじゃない。だからこそ、ぶつかるんだ」

アルテミスは、ふっと息を吐いた。

「いいわ、リベルタ」

その声は、先ほどよりも低く、静かだった。

「あなたの“論理”がどこまで通用するのか、この学園で証明してあげる」

リベルタは口角をわずかに上げる。

「望むところだ、アルテミス」

二人は同時に背を向け、再び歩き出した。
だが、その背中は互いに意識していることを隠そうともしていなかった。

こうして同じクラス、同じ場所、同じ時代に集った名探偵の末裔たちは協力ではなく、対立から物語を始めることになる。

それが、やがて否応なく“共闘”へと変わるとも知らずに。