時間が来た。

「そろそろです」
黒いネクタイのメガネの男の人が、低いけれどはっきりと言う。

そうか。
離れなければいけない。

とっさに手元に私の髪の毛を握らせる。
今朝切り離したばかりの私の体の一部だ。

絶対に側居たい。後悔したくない。離れたくない。
だから、一緒に連れて行ってもらおう。

「大好き」
蝋人形のように血の色の無い左手の薬指に唇を重ねる。

唇に触れてはいけない気がした。
だってこれは私からの一方的なキスだもの。

繋いだ時には温かかったカナタの手。今となってはまるで冷蔵庫に入れられた鶏肉だ。

こんなにも冷たく色彩のない世界。
1人になんてさせないよ。

式典が終わって周りが日常に戻っても、私の中の時計は止まったままだ。
いつの日か、この悲しみを乗り越えることができるのだろうか。

部屋にお線香を焚く。
このケヤキの香りが消えるまで、いつまでも思う。
想い続ける。

私はカナタを忘れない。